乾燥地研究の最先端を拓く
-乾燥地の砂漠化対処には総合的な取組みが必要-

鳥取大学乾燥地研究センター 稲永 忍

  1. はじめに
     地球は46億年の歴史を有する。その地球に人類が現れたのは、今から500万年ほど前。人類が農牧業を営み始めたのは、わずか約1万年前に過ぎない。その後、人口は徐々に増加し、キリスト生誕のころ約3億人、19世紀の終りには16億人となった。しかし20世紀に入ると、人口は爆発的な増加をみせ、現在では約60億人にも達している。この間の人口増加は先進国では少なく、開発途上国において著しい。人口増加の勢いは、21世紀も続くと予想されている。人口の急増は、科学技術の発展と、それに伴う膨大な資源やエネルギーの消費に拠っている。地球環境問題の一つ、乾燥地における砂漠化もこうした背景から生じている。すなわち、増え続ける人口を養うため、風土条件を無視して、農牧地を拡大するとともに、過放牧や不適切な農地管理などにより土地を酷使してきた結果、その植物生産力が急速に低下しつつあるのである。すでに世界の乾燥地の20%が砂漠化の影響を受けており、さらに年間、九州と四国とを合わせた面積が砂漠化している。

  2. 乾燥地とは
     乾燥地は、蒸発散量が降水量を上回る、水分の乏しいところである。地球上の乾燥地は、61.5億haあり、陸地面積の47%にも達する(図1)。乾燥地は、乾燥度指数(AI)の小さな所から順に、極乾燥地域、乾燥地域、半乾燥地域、乾燥半湿潤地域と区分される。AIは、年平均降水量(P)とペンマン(1948)の式で求めた蒸発散位(PET)との比(P/PET)である。各地域のAIと特徴はつぎのとおりである。
     極乾燥地域(AI<0.05):真の砂漠。降雨は不規則で、全く雨の降らない年もある。植生はほとんど見られない。乾燥地全体に占める面積割合は16%。
     乾燥地域(0.05AI<0.20):年間降水量は200mm以下で、その年変動率は50〜100%である。多年生と一年生の植物がまばらに生える。乾燥地全体の25%を占める。
     半乾燥地域(0.20AI0.50):年間降水量は夏雨地帯では800mm以下、冬雨地帯では500mm以下。降水量の年変動率は25〜50%。ステップが発達し、気温の高いところではこれに低木林が伴う。乾燥地全体の38%。
     乾燥半湿潤地域(0.50AI<0.65):明瞭な雨季があり、降水量の年変動率は25%以下。植生が豊かで、気温の高いところでは常緑低木林、低いところではステップとなる。乾燥地全体の21%。


  3. 砂漠化とは
     砂漠化とは、乾燥地域、半乾燥地域および乾燥半湿潤地域における、気候変動ならびに人間活動を含む種々の原因によって起こる土地の劣化と定義される。土地の劣化は、肥沃な表土の流失や土壌の塩性化によって、土地の性質が植物の生育に適さなくなることを意味し、究極的には極乾燥地域の土地のようになることである。
     砂漠化の影響を受けている地域は、全大睦に分布しているが、とくに深刻なのは中国北部、中央アジア、インド、中近東、アフリカのサヘル地帯、北アメリカ中西部などである。全世界の乾燥地域、半乾燥地域、乾燥半湿潤地域の総面積の20%が砂漠化の影響を受けている。
     世界の砂漠化面積のうち、気候変動に起因するものは13%、人間活動によるものは87%といわれている。人間活動による原因の大部分は、その土地の風土条件を無視した農牧業にある。具体的には、過放牧、不適切な農地管理、森林破壊、まき等の燃料用植物の過剰採取に代表され、それぞれ全原因の46%、23%、20%、11%を占める。これらの諸原因が水食や風食による肥沃な表土の流失、土壌の化学性や物理性の悪化を招いている。とくに、水食と風食による土壌の流失が著しい。風食は乾燥地域で、水食は乾燥半湿潤地域でより激しく生じている。半乾燥地域でも両者が主であるが、やや水食のほうが多い。UNEPは、砂漠化の影響を受けている国々へのアンケート調査を行い、1977〜1984年の7年間における砂漠化は各国で強まり、その面積も拡大していると報告している。その拡大速度は年間6万km2にも達するという。砂漠化の背景には、人口増加、貧困、世界市場における農産物価格の下落、政治不安といった社会・経済的要因がある。いったん砂漠化が生じると、それは拡大していき、食糧や燃料用木材の不足、飢餓・栄養不足人口の増大、難民の増大、地域社会の崩壊などを招く。

  4. 化と農牧業
     前項で述べたように、乾燥地における砂漠化の主な原因は、農牧業にある。乾燥地の農牧業は、家畜生産を主とする牧畜業と作物生産を主とする農業とに大別され、後者はさらに降雨依存型農業と潅漑農業とに区分される。これらと砂漠化との関わりはつぎのようである。
     世界の牧畜業は、主に乾燥地で営まれ、全陸地面積の25%にも及ぶ広大な土地を利用している。牧畜民の人口増加は著しく、人口が増大すれば、彼らは生計を立てようと家畜頭数を増加させる。家畜頭数が増加すると、より広い放牧面積が必要となる。しかし、放牧面積の拡大には限りがあるため、家畜の放牧密度は高まる。家畜の活発な菜食活動の結果、草の種類や密度が減少するとともに、彼らの踏み付けにより土壌は硬化するため、餌に適した草種の再生は次第に悪くなる。これが過放牧である。著しい過放牧によって裸地化した土地は、風雨を遮る植生がないため水食や風食を受けやすく、表土は流失する。そして現れる下層土は養分含量や保水力が低いので、その土地の植物生産力は低下する。降雨依存型農業が営まれる地域でも人口の増加は著しい。そこで食料を増産しようと、森林を伐採して急傾斜地まで耕地を広げるため、土地の風食や水食が加速される。またこの農業では、作物栽培後の休閑中、畑が裸地状態におかれることから風食の害を受けやすい。ところで乾燥地では、降雨が少ないため、岩石の風化によって生じた塩類は土壌中に残留している。また潅漑水にも塩類濃度の高いものが多い。乾燥地では蒸発散が盛んで、月日の多くは土壌中の水分が地表に向かって移動する。したがって、潅漑農業において、不適切な潅漑を行うと、地下水位が上昇して、毛管水が地表に達し、これにより運ばれる土壌中の塩類が地表に集積する。ここにいう不適切な潅漑とは、排水施設を設けずに潅漑したり、過剰潅漑を続けたりすることを指す。こうして土壌の塩類化、アルカリ化が進むと、作物は生育不能となり、農地は不毛化する。

  5. 農牧業における砂漠化対処技術
     乾燥地の砂漠化をどのようにして防止したらよいだろうか。それにはまず、増え続ける人口を養うため、それぞれの風土に適した生産性の高い農牧業を確立することが必要である。その基本は植物の栽培にある。植物は、体重の70から90%が水分からなり、1日に体重の1倍から10倍もの水を蒸散する、いわば水の大消費者である。そして、この水とCO2を原材料として、植物は光合成作用により有機物を生産し、成長する。光合成には太陽の光が欠かせない。太陽光を受けるということは、熱も一緒に受けるということにほかならない。植物体内では光合成を始め、さまざまな化学反応が営まれ、多種多様な物質が合成・分解されるが、これを担うのは酵素である。太陽光を受けて植物体の体温が上昇し続ければ酵素は活性を失い、化学反応は止まり、植物は死に至る。そうならないために植物は、せっせと蒸散して体温を下げている.蒸散量は、砂漠のように太陽光が強く、乾燥したところでより多い。すなわち、乾燥地で植物を育てることは、湿潤地より水を多量に消費することになる。したがって、乾燥地での植物栽培は、少ない降雨を効率よく集めるとともに、河川や地下からの取水を節約し、水路、土面、植物体からの水分損失を抑えて、水を植物の生長に有効に使うことが大切であるといえる。このことを基本にして、まず地域の風土を知り、その利用計画を立て、そこに適した植物種を選択し、その単位土地面積当たりの生産力を高めるための技術を開発して、持続的な農牧業システムを構築することが、生産性の高い農牧業を確立することにつながる。
     砂漠化対処に役立つ個別技術にはつぎのようなものがある。放牧地では、土地の植物生産力に見合った家畜頭数を放牧し、過放牧をさけることが肝要である。放牧地の植物生産量を有効に利用するためには、草地を区分けし、それぞれの区に一定期間ずつ順次放牧する輪換放牧の導入が効果的である。農業と畜産業がともに営まれるところでは、農作物残渣などの飼料への利用が過放牧の防止に役立つ。また、家畜の飼料効率を高める改良も欠かせない。降雨依存型農地では、土壌の流失防止や雨水の有効利用を図るため、耕地や草地、林地などを、土地の風土条件に合わせて複合的に配置することが大切である。防風のための林や垣根を設けること、また比較的雨量の多いところでマメ科の緑肥作物を栽培することは、休閑中の畑の風食防止に役立つ。これらは土壌の肥沃度、土壌水分の保持にもつながる。傾斜地の水食防止には、雨水の急激な流去を防ぐテラスの構築、等高線栽培、畦立て法の採用などが効果的である。裸地期間の短縮が図れる作付体系は、風食や水食の抑制に役立つ。土壌肥沃度、土壌の保水性などの維持には、輪作が効果的である。さらに、耐乾性の作物や品種の導入、育種も必要である。潅漑農地では、暗渠などの排水設備を設けること、用水路の漏水防止、排水路の保守管理を行うことが重要である。潅漑に当たっては、塩類集積の原因となる、地下水位の上昇を招かない適量潅漑を行うことが大切である。大型トラクターの使用によってできる土中の硬盤を破砕することも、塩類集積の防止に役立つ。また、土壌の表面をワラやビニールマルチなどで覆うことは、土面蒸発を低下させるため、塩類集積を軽減させる。なお、塩類集積が発生した場合には、軽微なうちに、洗脱、すなわち水で塩類を洗い流すことが必要である。この他、耐塩性の作物や品種の導入、育種が重要である。

  6. 砂漠化対処には総合的な取組みが必要
     乾燥地の農牧地の砂漠化を防ぐのは人間であり、その土地を子孫に継承するのも人間である。したがって、土地は人々にとって魅力的な経済基盤である必要がある。そのためには、生産された農産物が適正に国際市場で取り引きされ、その価格が農牧民を満足させるものでなくてはならない。これにより初めて、先に述ベた個別技術や持続的な農牧業システムが生きてくるのである。農牧民の生産意欲を高めることは、先進国に住む人々に対し、将来にわたって、安定して農産物を供給することにつながる。しかし現在、乾燥地で砂漠化の影響を受けている農牧民は貧困に喘ぎ、その人口増加も著しい。したがって、貧困の撲滅や人口の抑制を可能とする社会経済体制の後押しが必要であるが、砂漠化問題を抱える多くの国々ではそれが欠如している。この体制の確立には先進国の支援が不可欠である。このため、一日も早い、砂漠化は地球環境問題の一つであるという世界的合意の形成が望まれてきた。そして生まれたのが、1994年に国連で採択された砂漠化対処条約である。わが国も本年9月、ようやくこれを受諾した。
     砂漠化対処条約は、「国際的に連帯と強調をすることによって、砂漠化の深刻な影響を受けている国々、とくにアフリカ諸国の砂漠化を防止するとともに、干ばつの影響を緩和すること」を目的としている。砂漠化の影響を受けている国は、「砂漠化への対処・干ばつの影響緩和を優先的政策とし、できるだけ多くの資金をこれに充てること、砂漠化の背景にある人口の増加や貧困に対する取組みを行うこと、地域住民、とくに女性と青年の砂漠化対処活動への参加を円滑にすること、砂漠化対処行動計画などを策定し、実施すること」が義務となっている。中でもとくに、女性と青年の砂漠化問題の自覚とその対処への参加は重要である。なぜなら、彼らこそ人口増加の歯止めの鍵を握っているからである。それは、先進国の人口抑制の原因となっている少子化現象が、物質的豊かさを享受し、かつ教育により自立化した女性が増大し、彼らの晩婚化、未婚率の上昇に起因するという事実が示している。また条約では、先進国は、「砂漠化の影響を受けている国の砂漠化対処・干ばつの影響緩和に関する取組みや行動計画の策定を支援すること、砂漠化対処計画の具体化に十分な資金を援助すること、砂漠化対処の技術的・科学的協力を推進すること」が義務となっている。先進国の一員である我が国も、本条約に則り、資金援助、技術的・科学的協力を開始しつつある。今春、鳥取大学乾燥地研究センターに完成した、世界最先端の研究設備を備えたアリドドームは、その一翼を担うものである。アリドドームは海外乾燥地における現地研究を支援する機能を持つ。すなわちアリドドームは、海外の研究現場では大型実験装置やそれを動かす電気やガスなどが不足しているため、通信衝星などを介したネットワークを用いて、現地から調査データを受信し、解析結果を再び現地に送り返すという役割を果たすのである。またアリドドームは、砂漠化対処に必要な基礎研究や人材育成にも活用される。さらにこの実験施設は、その利用が世界の研究者に開かれており、国際共同研究の拠点となることが期待されている。
     砂漠化問題は、以上のような総合的取組みにより初めて解決への道を歩むのである。
参考文献

環境庁地球環境部編(1997):三訂 地球環境キーワード事典、央法規出版、183pp.
高橋 佑・加藤三郎編(1998):地球環境学1 現代科学技術と地球環境学、岩波書店、253pp.
武内和彦・田中 学編(1989):地球環境学6 生物資源の持続的利用、岩波書店、284pp.
農林水産省熱帯農業研究センター(1989):乾燥地における作物栽培、農林統計協会、309pp.
UNEP(1997):World Atlas Desertification.Second Edition.Anold,182pp.


平成10年11月9日(月)開催「市民公開講座」テキストより転載