砂丘の農業開発から沙漠の農業開発に発展した歴史

日本砂丘学会会長 竹 内 芳 親

  1. はじめに
     世界地図で日本列島を眺めると、その特徴が一目でわかる。列島は南北に細長く、中央部から日本海側に高い山脈が連なっている。気候的にはアジアモンスーン地域で列島全体の年間雨量は平均で約1800mmである。
     日本列島の地形と気候から、我が国には海浜砂丘が発達し1953年の農林省の調査によると砂丘地の総面積は約24万ヘクタールである。我が国で最大の砂丘地を有するのは青森県で約7万ヘクタールである。ちなみに、鳥取県の砂丘地面積は約8,400ヘクタールである。
     我が国の砂丘地農業利用の歴史は比較的新しい、水田稲作を中心とした、我が国の農業では至極当然である。砂丘地は水田への利用が非常に困難で、砂丘地はごく最近まで不毛地の代表とされていたのも事実である。
     本格的に砂丘地を農業に利用しようとしたのは鳥取大学の砂丘研究グループ(1946年)である。そして、この研究グループが「日本砂丘研究会」を設立(1954年)した。当時も砂丘地は不毛地の代表と去れ、農業が営める農耕地ではなかった。しかし、日本砂丘地研究会が中心となり、砂の特徴(物理性と化学性)を生かした、農業利用の研究が組織的になされた結果が現在の砂地農業の基礎を築いたのである。
     我が国の砂丘地利用の研究成果は、我が国だけにとどまらず、世界の砂丘地農業への応用にたいし、各界から、強い要請を受けた。そして、日本砂丘研究会は会則に「乾燥地に関する研究の進歩発展を図る」(1975年)項目を追加した経緯がある。
     日本砂丘研究会は創設後40年の年月を経て平成4年8月に日本砂丘学会へ移行した。
     このように、日本砂丘学会の歴史はまさに、砂丘の農業の農業開発から沙漠農業開発に発展した歴史そのものである。そこで本日の話は私が行ってきた砂丘と沙漠の研究の一端紹介する。


  2. 砂丘地の農業開発に関する研究
    1)砂丘環境下における栽培植物および砂丘植物の環境特性に関する研究
     砂丘らっきょうの生産現場において気象環境とらっきょうの生育、ならびに冬期の防風ネットの効果等を研究し、生産現場における微気象と作物生育との関連を追求した。さらに基礎研究としてらっきょうの光合成速度、蒸散速度を測定し、水利用効率を明らかにした。
     鳥取砂丘に自生する砂丘植物について、葉温、茎温、葉内水分を調査し、鳥取砂丘の特殊環境を微気象の面から連続的にとらえ、砂丘植物の生態と関連づけた。これらは、鳥取砂丘に自生する砂丘植物の群落形成過程を環境面からとらえた研究である。
    2)チューリップ球根養成に関する研究
      砂丘地に適する園芸作物の一つにチューリップ球根栽培がある。砂丘産の球根は花芽分化が早く促成用球根として評価が高い。また、球根の外観も非常に優れ品質の良い球根が生産される。しかし砂丘地では、球根の肥大と分球が充分でないという欠点がある。そこでこの原因が種球根の貯蔵養分の不足に起因することを見だし、その解決策として水田において内容の充実した種球を生産し、砂丘地において球根の生産を行う方式を確立した。一方、1955年頃から急増した球根腐敗病は砂丘地チューリップ球根栽培に大きな問題を投げかけた。本病害に対する抜本的対策として、砂丘地で安定した増殖力と球根肥大を有し、腐敗病害に対し強い抵抗力を有する品種の発掘を行った。それと平行して、チューリップ球根の休眠現象とその打破についての温度関係を詳細に調べ、従来の低温反応に対する概念を修正した。即ち、球根の休眠打破のための高温処理、続いて花芽分化とその成長促進のための中温処理、開花のための低温処理と段階的な温度処理管理を提唱して、球根生理に基づく温度処理の実用化技術を確立した。
    3)砂丘地のメロン栽培に関する研究
     メロンは乾燥地の代表的な作物である。また一方我が国では高級果物として扱われ、その栽培技術も高度な物が要求される。このことからメロンについて、徹底した節水栽培を実現する自動かん水装置を開発し、その応用による高級メロンの栽培技術を確立した。またメロンの光合成や呼吸量、果実の発育と微気象環境、そして栄養生理に立脚した砂丘地での施肥理論などの基礎研究も重ねた。これらの研究の成果は国内では砂丘地メロンの品質向上と生産の発展に寄与する研究である。
    4)砂丘地における園芸作物の収量および品質に関する研究
     スイカ栽培において接ぎ木は欠くことの出来ない技術である。接木前に台木に水ストレスを与えることにより、発根を促進し、接ぎ木部の活着を早めることが出来た。これは水ストレスによる内生エチレンの増加が影響することを明にした。  砂丘地の夏どりほうれん草栽培を実現するため、特殊ビニール被覆と寒冷紗の組み合わせを試み、このことにより実用化の可能性を導いた。


  3. 沙漠の農業開発に関する研究
    1)地球の沙漠化問題を考える
     沙漠の問題を考えるとき「地球は沙漠のオアシス」と言った宇宙飛行士の弾んだ声が脳裏に浮かぶと同時に科学はいま、まさに地球の環境問題を正直にみつめる時であり砂漠化の問題もその一つである。
     地球に住んでいる人間にとって、地球そのものに対する、時間を越えた哲学が必要である。難しい問題ではない。私たちが地球を後世にどう残すのかを一人一人が考えてその対策を実行することである。
     沙漠はどんな場所か? 広辞苑には「乾燥気候のため、植物がほとんど生育せず、岩石や砂礫からなる広野」と解説されている。だから、「生き物がいない=不毛地=沙漠」となる。沙漠は、生物が使い得る水が少ないことにある。
     それでは、沙漠に生き物は住めないのか?となりますと、それは正しくありません。沙漠には植物、動物、そして人が住んでいます。日本の温暖なモンスーン気候に住んでいる私たちには想像出来ない厳しい環境の中で生き物はそれぞれ工夫をこらして生活をしている。沙漠を「死の世界」と見る多くの日本人にとって、本当の沙漠の姿を理解することはできないかもしれない。
     豊かで快適な生活を求めてきた人間は、産業革命以来その夢を沙漠の地下資源によって果たしてきた。即ち、エネルギー資源となる石油、天然ガス、ウラン、さらにはロケット燃料間でもが沙漠依存である。このように考えてくると「沙漠は人類未来の土地銀行」とした考えも理解できる。これからも、人類はますます沙漠の未知資源が必要となるのかもしれない。沙漠は人類にとって本当に大切であり、現状の姿で後世に残すことも重要であると私は考えている。
     さて地球の砂漠化は20世紀後半になるにつれ地球の危機が様々な現象として表れ始めた。オゾン層の破壊、地球の温暖化、酸性雨、海洋汚染などある。しかも毎年、九州の広さに匹敵する6万平方キロの土地が砂漠化している。
     砂漠化とは、人間活動の活発化により土壌が荒れて、今まで緑豊かな地が沙漠的状況に変化することを呼びます。原因は、自然の理を無視した、農牧と林業が原因とされている。農地に手当をしないで無理な耕作を続けること、牧草の生育を越えた家畜の放牧、森林の過激な伐採、誤った灌漑等がそれぞれ砂漠化の原因となっている。
     いずれにしても沙漠は生物の利用できる水が非常に少ない。であるから、その地域で、生きようとする、生物は神秘的な水の取り方を知っている。極限まで乾燥した沙漠の空気に含まれる微量の水分は、沙漠気象により露となる。その露を、生きるための水として利用するのが沙漠の生物である。このような姿を見るとき、沙漠の命を見る思いがすると同時に、生物が生きるための水の重要さを痛感する。

    2)沙漠における野菜栽培の実用化に関する研究
     砂丘地の農業開発で述べた国内で得られた研究成果や開発された装置、システム等の沙漠への適用生を検討するため、イラン国およびメキシコ合衆国において研究を行った。
     メキシコ合衆国バハ・カリフォルニア半島ゲレロ・ネグロ沙漠で野菜栽培に関する研究を行ったのでその結果を報告する。
    (1)ゲレロ・ネグロの気象
       ゲレロ・ネグロは、カリフォルニア半島のほぼ中央部、北緯28度に位置する。
     この半島はアメリカ合衆国にあるシエラネバダ山脈の延長にあって南北1,400kmの細長い半島であり西岸は太平洋に、東岸はカリフォルニア湾に面している。半島全体が北緯30度を中心とする亜熱帯高圧帯に属し、さらに、半島の西側の太平洋沖には寒流が流れているため、海水面上の大気は温度を下げる。そのため大気は多量の水蒸気を含むことが出来ないまま内陸に向かって流れ込む。このことがメイグスの分類による極乾燥沙漠域が形成されている。平均降水量は約80mm、また水面蒸発量は約1700mmである。実験圃場の旬別最高・最低気温を示した。また、露発生時の温度環境を示した。この測定時に結露量の測定も同時に行った。その結果結露量は降水量換算で0.2〜0.3mmであった。
    (2)ゲレロ・ネグロにおける野菜栽培
       ゲレロ・ネグロの気象環境や地形を高度に利用した世界最大規模の塩田がある。この塩生産に関係する人々とその家族が住んでいる。このような沙漠で生活する人々にとって輸送性、貯蔵に乏しい野菜類は不足しやすく現地での生産が強く望まれる。以上の理由からゲレロ・ネグロにおける野菜栽培研究の目標を次のように設定した。1)どんな種類の野菜が、2)どのようにな品質で、3)どんな時期に、4)どれくらいの収量(t/ha)を得ることが出来るか?を目標とする実証研究とした。
     紙面の都合で専門的な栽培技術の詳細にふれることは出来ないが基本的には日本の砂丘地農業技術を組み立てた節水型の野菜栽培技術が有効であることが証明出来た。かん水方式は点滴かん水で、かん水量は2〜5mm/日であった。肥料や農薬の栽培資材は日本から持参した。
     野菜の収量を種類別に示した。1983年〜85年の栽培研究で得た結果である。日本は日本の農家が収量目標としている数値を収量比較のために示した。
     この結果が示すとおりゲレロ・ネグロでの野菜の収量は日本に比較して高い値となった。その生産物はいずれも良い品質であった。これは豊富な日射量にある。日中の高い光合成量と夜間の気温低下が昼間の光合成産物は呼吸に消耗さることなく転流蓄積が合理的に行われた結果と考えられる。乾燥地での野菜栽培は多くの問題点がある。
     かんがい水の極端な不足や水質の悪さ、高温、乾燥、高日射等が考えられる。
    (3)栽培圃場の塩類濃度
       野菜栽培を行った地形と土壌について説明を加えておきたい。実験圃場はゲレロ・ネグロの町中に位置し、海岸線からの距離は約200mである。また、標高は3〜4mで極めて海水面から地表までの低い砂丘の砂質土壌である。
     実験圃場は海岸に近いため塩類集積が心配された。しかし、7年間連続で野菜栽培を行っているが地表面への塩類集積は少なかった。このことは砂丘地の特徴であると考えられ大きな利点である。

  4. おわりに
     この実証研究で得られた結果は、日本型の砂丘地農業技術が沙漠農業にも適用出来ることが示唆された。
     沙漠を持たない国の研究者も気負いではなく実存の姿として沙漠をとらえることができたのは乾燥地の農業を研究する私には有意義な成果であった。
     農業は風土産業である。短期間の研究で結論を急ぐことは危険であるがそれだけに実証研究の重要性と連続性を記しておきたい。


    参考資料
    1) 井上光弘・竹内芳親:砂ベット栽培における埋没型土壌感圧水分センサーによる土壌水分制御、日本砂丘学会誌44(1)30-35(1997)
    2) 竹内芳親・井上光弘:埋没土壌水分センサーを用いた砂ベット栽培のミズ管理−サラダナ栽培におけるタイマー制御との比較−、日本砂丘学会第43回講演要旨集
    3) 井上光弘・竹内芳親・山本太平:砂丘地圃場における土壌水分測定に及ぼす温度の影響と水分センサーの改良、日本砂丘学会誌41(2)49-55(1994)
    4) 竹内芳親:乾燥地における野菜栽培、積算技術、12,38-45(1990)

平成9年10月25日(土)開催「市民公開講座」テキストより転載