ブラジル東北部の砂丘および半乾燥地の生態系保全
鳥取大学乾燥地研究センター 玉井 重信
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- はじめに
広義の乾燥地は、世界の陸地面積の約3分の1を占めている。しかしながら各地域の乾燥地と称するところ(半乾燥地と乾燥地)は環境が異なることは勿論のことその土地利用形態、社会・経済的状況は著しく異なる。1940年代以前と異なり現時は、乾燥地域の多くの国々が独立し国境線も定められている。一つの国家の中での乾燥地の位置づけは当事国各々により異なり、中東、アフリカ諸国の乾燥地を抱えている国々のように一国の大部分が乾燥地に占められている国、アメリカ合衆国、中国、チリのようにその一部が乾燥地である国とでは乾燥地の利用・取り扱い方が違う。更にこれら各々の国の経済レベル、国際関係、特に隣国との関係などにより乾燥地域の利用形態・重要度が異なる。
その地域の自然環境を保全するには各々の国の社会・土地利用形態などを理解し行うことが肝要である。
ブラジル連邦共和国は、自然環境、国民の経済的レベルとも大きな格差を抱えておりこれが自然、社会の多様性をもたらしている。ここでは自然、社会の両面からブラジルの半乾燥地そして砂丘をみてみる。
- ブラジル
ブラジル連邦共和国は、国土面積は日本の22倍を保持し人口は1億8千万人を抱えている(図−1)。その多くは南部海岸および準平原地帯、中北部沿岸地域に集中しており、人為により植生変化結果がこれを物語っている(図−2)。ブラジルは南米で一、二を争う先進工業国とされているがその主体はほとんど南部で占められている。産業は、南部は商工業、農業が、中部は粗放な農業、牧畜、そして密度の低い利用しかされていない北部アマゾン森林地帯と大別される。従ってブラジルは、GNPなど経済的に平均値で見ると先進工業国に属するが国土全体を見ると、その経済格差は著しく大きく南から北へ、沿岸から内陸に向かうにつれ低くなく傾向がある。1970年代ブラジル経済は高度成長「奇跡のブラジル」と言われた(鈴木、1995)が1980年代に入り急降下し1000億ドルを超える対外債務を抱える国となった。急激なインフレとその沈静を波打ならがら繰り返し今日に至っている。
気候はアマゾン地方の熱帯雨林気候から南部の暖温帯気候にわたる分布をしており、中央部から北部にかけて広域にわたりサバンナ気候が分布している。降水量は平均年降水量が3,000mmを越すアマゾン地域から東北部サバンナ地域の300mmと幅広くこれに伴って熱帯降雨林からサバンナまで水分傾度がある(図−2)。しかしながら現存植生はアマゾン地域を除き必ずしも大気候に沿った植生を呈しておらず人為による影響を色濃く反映している。これはブラジルの歴史と土地利用形態が影響していると言えよう。
とくに中部および東北部はその影響を受け植生は、原植生に比べ大幅に変化しているがこれはブラジルのみに言えることではなく多くの半乾燥地を抱えている国々で認められる。半乾燥地の産業は第一次産業が主でその中でも草地を利用した牧畜が多く、牧畜による植生の変化と後退が顕著である。遊牧のための餌である植物の維持と家畜の被害を与える動物を排除するために多くの遊牧地では遊牧に影響を与えるほ乳類が駆逐され動物相もヨーロッパ人などが牧畜を開始する以前と変化している。
ブラジルの半乾燥地帯は、一種のサバンナ(Savanna)で中央部のセラード(Cerrado)、東北部のカーティンガ(Caatinga)が分布(図−1)しているが、ここはブラジル東北部カーテンガ地域とこの沿岸部を縁取っている海岸砂丘地域の生態系について述べる。
- 東北ブラジル
ブラジルは大きく5区に分けられ(図−1)東北ブラジル(Nordeste)は、今回主なる調査対象となったリオグランデドノルテ(Rio
Grande do Norte)州など9州で構成されている。
地域内の年平均気温は20〜25℃、年平均最高気温は30℃前後であるが、降水量は著しく地域により異なり年降水量を見ても沿岸部の1,500m/年から内陸の400mm/年にわたり(図−3)、その年変動も大きく年、場所により2倍前後の変異がある。
人口は、沿岸部に集中しておりレシフェ、ナタール、フォルタレーゼなどの70万から100万を超える都市があるが、沿岸部に比べ内陸部は人口密度は著しく低い。
産業も沿岸の商工業から内陸の農牧畜業主体と変化し、これに伴って経済レベルも沿岸から内陸に向かい低下する。
自然環境も海岸から内陸に向かうにつれ変化し海岸地帯はかっては殆ど漁民居住地として利用されていたが近年景勝地は観光に、また別荘、ホテル、高級アパートなどに変貌を遂げている。多くの海岸は広い砂丘が分布しているが、これに接してアトランティックフォレスト(Atlantic
Forest)と呼ばれる常緑広葉樹林があるが近年住宅開発などにより著しく減少している。Atlantic Forestの内陸側背後は急激に降水量が減少し、そのうち年平均降水量500mm以上の比較的農業に水分条件が恵まれているところはトマト、ピーマンなどの農耕を行い更に降水量が減少するとサトウキビ畑、牧場となる。年降水量500mm以下になると粗放な牧畜・農業が主となる。
(1)砂丘
大西洋に面したブラジルの沿岸部は南部から北部に渡り広く砂丘が分布している。しかしながら中南部の多くの砂丘は近傍に大都市を抱えており観光開発、リゾート施設建設などにより変貌し自然が維持されている砂丘は少ない。この地域に比べ東北部は比較的建造物が砂丘に少なく砂丘生態系は保全されてきたが近年徐々にレジャー開発などに染められつつあり、多くの州政府はその保全に苦慮している。我々が砂丘生態系保全方法構築を依頼されたリオグランデノルテ(RN)州は東北ブラジルでももっとも美しい砂丘が残されているが、上記の危機が同様に迫っている。東北部でも特にこのRN州は北に隣接しているCeara州とともに広大な海岸砂丘を保持しているが、環境、地方経済・自治の諸問題が絡み合いまた都市計画と相まってその保全に州政府は苦闘している。しかしながら、ブラジルでも1992年、ブラジルで行われた地球サミット以降環境保全の思想が急激に広がり無計画な開発、大企業による施設建設による砂丘・沿岸破壊と厳しく対峙している。ここではRN州砂丘の生態系を中心にその実体と保全について述べる。
RN州北部からCeara州北部にかけ連続的に広大な砂丘が分布しているが、大きいものは内陸に10km以上も広がっている。この砂丘には通年10m/s以上の風が大西洋から吹きつけ、飛砂、砂丘移動が生じている(図−4)。RN州首都ナタール(Natal)の砂丘保護区、砂丘公園の地理、植生などから推測すると、かっては現在ほど飛砂は激しくなく砂丘上多くの植物が被っていたと考えられる。この砂丘公園、これに隣接している空軍基地など一般の人々が入ることが制限されている砂丘は常緑広葉樹を主体にしたAtlantic
Forestとほぼ同じ植生構造をしている。これらの保護地域から推測すると、地形、土壌によって多少異なるが人為破壊を被っていない砂丘は海岸近くは裸地砂丘、内陸に向かって灌木を伴った草地、砂丘樹木そしてAtolantic
Forest構成林分という構造を呈していたと思われる。
ここで我々が国際協力事業団(JICA)のチーム派遣プロジェクト「リオ.グランデ.ド.ノルテ州砂丘保護・砂漠化防止」(1997年4月〜1999年3月)などで調査したRN州ジェニパブ(Genipabu)の試験地を中心に砂丘生態系について述べる。
RN州にはこのジェニパブ砂丘をはじめピッタンギなど首都ナタールから北に隣のセアラ州まで大きな砂丘が分布している。降水量は大西洋からの湿った南東の常風により州南部で多く1,500mm/年を越え海岸沿いに北部、西部と移行するにつれ400mm前後となる(図−3)。雨季は3月頃から始まり8月には乾季が始まる。雨季の中で降水量のピークは雨季中期の5〜8月に示している(図−5)。この地域の地質は、第三紀ないし第四紀であるがジェニパブ周辺は第四紀層からなる。砂丘の砂の組成は長石、石英、雲母などが主である。
砂丘の本来の生態系は、保護区や特殊な地域を除き破壊されている。都市周辺は特にリゾート地として利用されホテル、別荘などが建設されており、これらから離れた砂丘も車でドライブするコース、景観を砂丘内に入り楽しむ観光地などとして使用されている。そのためかってあったと思われる植生は殆ど残っておらず、残っていてもパッチ状に部分的に残っている程度である。海岸近くの砂丘に分布している植生は草本種ではManibu(Cyperus
sp.), Salsa(Ipomoea asarifolia), Melosa(Labitaea)などがあげられ世界他の海岸植生と帰化植物が多い。やや内陸にはいると灌木を主とした木本種が出現しその代表的なものがCajuerio(Curatella
americana)である。ほかにGajiru(Chrysobanus icaco), Pau-Monde(Maytenus
impressa), Maria Preta(Vitex polygama)などがある。これより更に内陸に向かいAtlantic
Forestとの間には砂丘樹種とAtlantic Forest種とが混在している。この地域にはサボテンの仲間を含むPau
Brasilu(Caesalpinia echinata Lam.), Pau D'arco(Tabebuia
serratifolia Nicholson), Gamerira(Ficus sp.), Jiterana(Ipomoea
sp.)などAtrantic Forestの種が入りサボテンの中には海岸近くまで分布しているものもある。砂丘の安定している部分は、Cajueiro,Gajiruなどにより被覆されたマウンドを形成している。JICAの調査地は570haのジェニパブ砂丘の後方(内陸側)に位置しているが観光用砂丘ドライブコース内にある。地元の農民によるとこの地域は20-30年以前安定したなだらかな砂丘で植物に被われているが、特にここ10年ほどは砂丘移動が激しく年18m程内陸に向かい移動しているという。我々が1997年から2年間砂丘のフロント部分の測量による移動量を調べた結果でも12-13m/年前後移動していた。この砂丘移動はこの調査地のみならず多くの砂丘で見られ道路、別荘、畑地、漁民住居などが砂に埋没している。この原因は、殆ど人間による砂丘植生の破壊によるもので州政府も対策に苦慮しており、行政、経済、大地主による土地所有など複雑に問題が絡み合っている。
そこで砂丘保全の手始めとしてJICAプロジェクトで砂丘固定法と緑化の地域住民に対する啓蒙を重点に砂丘固定試験地を設定した。従来日本で行われている堆砂垣を密度50、60%の2種類作成したが、飛砂量は日本のそれと比べ遥かに多く堆砂速度は非常に速く堆砂垣設定後、1年で砂丘フロントの移動速度とフロント付近の植生被度に効果が現れた。砂丘フロントを被植した植物は日本でよく見られるハマヒルガオの仲間(Ipomoea
asarifolia)である。この急激に裸地化している砂丘にかろうじて残存している植物は、Cajueiroであった。今後飛砂を押さえ被植する事によりこの地域の砂丘はCajueiro,
Gajiruなどの樹木が優占する砂丘林分としうる可能性がある。
(2)半乾燥地
ブラジルの半乾燥地は主たるものは中央のセラード(Cerado)と東北部のカーティンガ(Caatinga)で占められている(図−1)。ここで扱うカーティンガは、セラード地帯に比べやや降水量が多く気温が高い一種のサバンナ(Savanna)である。植生は、セラードに比べ灌木を主体とした木本種が多い。この地域の緩傾斜地はかって綿花栽培などが行われていた荒廃地であり、このような環境下にはJurema
Branca(Mimosa sp.), Jurema Preta(Mimosa tenulflora)などパイオニア種が分布している。RN州のカーティンガ地域で見ると、年平均降水量は300〜600mm程度(図−3)で主たる土壌はSolonchak
solonetzico, 花崗岩風化の貧栄養土壌である。
JICAプロジェクトで試験地を設定したエクアドル(Eqaudor、図−1)も雲母を含んだ花崗岩風化土壌で極めて貧栄養土壌であった。ここでこの試験地を主に植生、環境について述べる。
試験地地域優占種は、Marmeiro(Croton sincrrensis-Croton), Pinao Branco(Jatropha
ribifola), P.Brabo(J.mollisima), P.Roxo(J.gossyypiifolia)などでこれにCatinueira(Caesalpinia
bracteosa)がパッチ状に分布している。更にJurema Preta, Jurema Branca, Pereiro(Aspidosperma
piryfolium), Umburana(Commiphora leptophloeses)が加わり、下層にはXique-xique(pilocereus
gounellei), Coroa de Frade(Melocactus bahiensis), Qipa(Opuntia
inamoena)などのサボテンが多く生存している。この調査地の平均年降水量は、520mm程度であるが調査を行っていた期間中の1997、1998年は平均値の半分以下の降水量(図−6)で、多くの半乾燥地で見られるように降水量の時間的変動は大きく過去の測定結果によると50mm/年以下の年もある。この環境下での土地利用形態は単純で粗放な牧畜、製瓦が主である。また山地は宝石などの鉱物採掘が小規模に行われている。カーティンガに属するこの地域は、土壌の劣悪さと降水の不確実さにより小規模なサトウキビ栽培などを除き耕作は殆ど行われていない。大部分は低灌木林地ないし使用放棄された荒地・裸地である。林地も林業経営の対象と見なされておらず、また生態系保護などの管理もされていない。したがって林地は遊牧地、あるいは使用目的により随時伐採されその後二次林状態を呈している。一部道路、人家から遠い山地ではやや密な森林が見られるが林分高は5-6m程度、直径も小さく林令はそれほど高くなく低蓄積である。
この低蓄積の原因は、人為と気象によると思われる。この地域の木材の主たる用途は、牧場柵杭と製瓦のための燃料である。特に製瓦工場は調査地近辺に多くこれによる木材消費は多く、現存の林地植生に多大な影響を与えていると推察される。住宅地、工場近くの植生はこの人為による影響をより強く受け現在の植生状態になっている。さらに度々訪れる寡雨が蓄積を増加を抑えている。寡雨・乾燥による成長阻害は、成長開始期、通年の両面で認められる。通常RN州のカーティンガでは11、12月の乾季のピークを経て2月中旬頃から雨季が始まり多くの植物はこの時期開葉などし成長を開始ないし盛んになる(図−6)。乾燥地の植物の大部分は雨季に入るとともに成長を開始するが寡雨な年などには雨季のはじめに多少降りその後雨季にも関わらず殆ど降雨がなくなることがある。この場合、半乾燥地植物は雨季と共に新条をのばし開葉するがその後の無降雨・乾燥により新たに成長した部分が枯死することが多く成長点は特にダメージが大きく伸長成長が抑えられる。半乾燥地の植物は高い耐乾性を持っており1年程度の寡雨で大きなダメージを受けることは少ないが、2年、3年と続くと植物体全体あるいは地上部の大部分が枯死することがある。本JICAプロジェクトでの調査でも1997、1998年は既述のように降雨が少なく平年の半分以下で多くの樹種の先端が枯れたり、本来着葉している時期の6、7月に葉が全くないことが観察された。1999年末から2000年にかけて平年並みの降雨が見られ緑は回復した。しかしながら種により、また地域により枯死個体が多く回復が見られないものもあった。Marmeiro(Croton
hemiargyreus), Jureama Brancaなどは長年同一環境・場所に生存していても複数年継続した干ばつにより多く枯死が生じこれらの種にとっては干ばつは個体減少・成長量低下をもたらしている。逆に殆ど枯死が認められなかったのは、Catinggueira,
Jurema Brancaであった。
このように半乾燥地の植物は、人為、自然の両面の作用により現存量、成長量が規制されていると思われる。しかしながらこれらのメカニズムを調べるためのこの環境下での人為的無攪乱の植物群落は殆ど存在せず、自然科学的見地からも対照区とすべく保護区を設ける必要がある。また半乾燥地植物生存・生育に関する種特性を知るためにも必要である。乾燥地植物は機能により生存・成長特性を発揮しているがその種本来の成長などに関するポテンシャルは明らかでない。各々の半乾燥地に生存する植物のサイズが種本来のものであるか、あるいは干ばつなどの要因で規制されているのかなど未知な部分がある。水分、養分条件など考慮してこれらを明らかにすることが望まれる。
多くの半乾燥地は、人口密度は他の地域に比べ低いが生態系に関しては決して人為を避けその場所本来のものとは言い難く変質しているものが多い。これは植物にとっての環境条件が厳しく回復に時間がかかることと牧畜などによる人類動物圧が意外に強いことを物語っている。今後上記の事柄を解明し環境を考慮した半乾燥地の利用が必要であろう。
引用文献
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1. |
IDEC-Estado do Rio Grande do Norte, SEPLAN.
Diagnostico Estrutural do Estado. Vol.II, RN, 138p、1975 |
2. |
Jose Eduardo Mathias,Manoel Messias Santos and
Zelia Lopes da Silva. Vegetacan e Recursos Floristics.(Recursos
Naturaise e Meio Ambiente), IBGE, 154p、1993 |
3. |
鈴木孝典.目覚める大国 ブラジル、日本経済新聞社、152p、1995 |
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平成12年6月16日開催「日本学術会議第17期第3回地域農学研究連絡委員会講演会」
テキストより転載
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