第4回「砂地潅漑−節水潅漑への道−」

鳥取大学乾燥地研究センター 山本 太平

  1. まえがき
     砂地では元来風水食が生じやすく保水性にも乏しいので、防風林の造成と同様、灌漑施設は農業開発に不可欠なインフラであった。砂地の灌漑技術は古来我が国で開発されたものもあるが、大部分乾燥地から導入されている。新しい灌漑技術は砂地で実用的なノウハウが確立され、一般畑地へ普及する事例が多い。我が国の砂地農業では地表灌漑法よりスプリンクラー法や点滴法が普及している。湿害の危険性が少ないので灌漑水量や施肥量が過大になりやすく、きめ細かな水・養分管理と効率的な用水計画が必要とされる。
     ここではまず効率的な灌漑法とされる点滴法を取り上げその節水機構を明確にする。同時に従来の研究成果を引用しながら灌漑水量や水源水量の効率的な用水計画について説明する。

  2. 点滴潅漑法
    2.1 潅漑組織と特徴
     点滴法は、潅漑水の効率的利用と作物の塩害軽減に特徴を有するので、乾燥地の代表的潅漑方式としてみなされている。点滴施設は、水源、配水管路、末端制御装置、給水管路、点滴ブロック等から構成される(図−1参照)。配水管路から取水された圧力水は、末端制御装置によって、点滴ブロックへの切り換え、一定の使用圧力(1〜0.5kg/cm2)への調整、除塵、液肥混入、潅水時間の設定等が行われ、給水管路を経て点滴ブロックへ送られる。点滴ブロックでは、滴下管が作物の植栽間隔に対応して配置(地表、棚上、地中)されている。滴下管には取り付けタイプのエミッターと滴下管と一体化したタイプのエミッター(点滴チューブ)があり、これらのエミッターによって圧力水は水滴状になり作物の根本を中心に滴下する。
     点滴法の利点や問題点は表−1のように要約される。潅漑組織上においては、エミッターからの滴下流量が小さく使用水圧も比較的低く、移動可能な装置であり自動化や多目的方式として利用しやすい等の利点があげられる。反面、エミッターの目詰り、傾斜地へ適用する場合の圧力調整、滴下ライン配置中に中耕除草がやりにくい等の問題点が考慮される。従って、新しいエミッターの開発、フィルター装置、末端給水管の地中配置や棚配置等の検討が必要とされる。
     水管理および肥培管理上では、作物の根元付近に連続的に滴下されるので、葉面に水がかからなく、土壌面の湿潤面積が小さく、根群域内の水分量を24時間容水量より高く保持できる等の利点があげられる。特に乾燥地では湿潤面積が小さい結果潅漑水量が少なくなり、また根群域内の高水分量域において塩類集積が減少する特徴がみられる。一方、根の広がりが限定されると耐干性がなくなったり作物の倒伏が生じやすい。また高水分量の場合は地温が低下したり深層損失水量が増加する、薬剤散布ができない等の問題点が考慮される。これらの場合、末端給水管の適正な配置間隔、エミッターの適正な滴下流量、点滴法による間断潅漑、他の薬剤散布法の適用等の検討が必要である。


    2.2 用水量算定の流れ
     点滴法では土壌水分が2次元または3次元に分布するので、湿潤域と水分消費域が必ずしも同一領域を示さない(図−2、図−3参照)(山本、1989a)。湿潤域は潅水対象領域を示す。水分消費域は作物根が分布している領域で一般に圃場全面を示すが、基本単位としては滴下管間隔の中央から中央までの領域になる。この結果水分消費は潅水の場合主に湿潤域において生じ、降雨の場合湿潤域と非湿潤域で生じる。
     点滴法の粗用水量と粗潅漑水量までの算定過程を図−4のように整理してみた(農水省、1994)。まず対象作物の好水分作物係数を求める。次に湿潤幅の決定、点滴TRAM(DTRAM)、水分消費域における日消費水量を求める。ここでDTRAMは、湿潤域における深さ別の平均減少水分量から求められる点滴法のTRAMである。DTRAMは湿潤面積率(P=全湿潤域面積/圃場面積)を乗じて水分消費域を対象にした仮りのTRAM(全面換算仮想TRAM)に変換する。次に、全面換算仮想TRAMを水分消費域の計画最大日消費水量で除して計画間断日数が得られる。
     点滴法の計画間断日数は、DTRAM、全面換算仮想 TRAM、湿潤面積率、日消費水量等の要因によって左右され、一般に従来法(スプリンクラー法や地表法)に比べて短くなる。また、計画潅漑水量は、(計画潅漑水量)=(時期別の計画日消費水量)×(計画間断日数)となり、点滴法では1回当りの計画潅漑水量が従来法より小さくなる。これらの結果から、用水計画上、点滴法は少量頻繁の潅漑になりきめ細かな水管理を必要とする。
     次に全面換算仮想TRAMと対象作物の計画消費水量をもとにして、計画間断日数と計画潅漑水量が求まる。図−4において、右側の流れは主に潅漑組織(滴下管、給水管路、配水管路等)を設計する場合に必要な計画諸元値である。一方、水源水量を算定する場合には、主として図中の左側の流れになる。ここで補給潅漑水量とは、潅漑水量から有効雨量を差し引いた計画潅漑水量のことであり、計画日消費水量、間断日数、有効雨量等の計画諸元値を用いて計算できる。多目的利用を行う場合には、補給潅漑水量に多目的用水量等を考慮して純用水量が求まる。純用水量と潅漑効率によって粗用水量が求まり、粗用水量の積み上げ計算で水源水量が決まる。  

  3. 点滴法の節水機構
    3.1 潅漑効率
     水源施設、送水施設によって圃場に搬送された水は作物に効率よく潅漑されることが必要である。水源施設から送水施設までのロスを考慮した場合が搬送効率である。潅漑においては圃場外への地表面流失ロス、有効根群域下方への浸透ロス、風による飛散ロス等が生ずる。実際に作物根群域に保留された水量に対する圃場まで届けられた水量の割合が適用効率である。各潅漑法の潅漑効率は表−2のように示される。点滴潅漑ではロスが少なく適用効率が95%以上を示す。

    3.2 有効雨量

    3.2.1 補給潅漑水量
     いずれの潅漑法においても有効雨量は潅水直後最も小さくなる。点滴法では潅水直後でも非湿潤域(空きTRAM)が形成され有効雨量が大きく評価される。その結果、補給潅漑水量は従来法より少なくてすむ。
     ここで、宮古地区(琉球石灰岩島尻マージ)、東伯地区(大山黒ぼく土壌)、毛烏素砂漠(砂質土壌)において、計画基準年(旱魃年の1/10確率年)における有効雨量と補給潅漑水量を求め、次式に示す潅水率と有効雨量率により3地区の比較を行った(山本、1989b)。
    (有効雨量率)=(有効雨量)/(潅漑期間総降雨量)
    (潅水率)=(補給潅漑水量)/(潅漑期間総蒸発散量)
     有効雨量率は宮古地区のサトウキビでは点滴区で50%程度、従来区で30%程度を示す。東伯地区のナガイモは59〜67%、普通畑作物は72〜79%を示し、宮古地区より降雨の利用率が大きい。潅水率は両地区とも50%以下の場合が多い。点滴法の補給潅漑水量はスプリンクラー法に比べて20〜40%節減できた。一方、毛烏素砂漠の牧草では空きTRAMが小さく降水の絶対量が極端に小さいことから、点滴法による補給潅漑水量の節減率は数%と少なかった。平年降水量の場合有効雨量率が76〜81%、潅水率が72〜74%と大きな値になる。計画基準年では有効雨量率は82%、潅水率は82%とさらに増加した。

    3.2.2 タンク灌漑の施設容量
     ここで、各農家において集水タンクを備えた小規模灌漑(10アール以内の灌漑面積)システムの導入を試みた。このシステムでは雨期の降水を集水エプロンで人工的に集め、集水タンクに貯留して乾期に利用するものである。タンク潅漑システムのモデル化を行い、点滴灌漑におけるタンク容量について検討した(図−5参照)。本システムにはガーナ国のAccra,Tamale,Kumaiの3地区(いずれも砂質土壌)を対象に取り上げ、降雨量、作物の水消費量、用水計画値(灌漑効率、灌漑水量、間断日数)等をパラメータに用い、渇水年にも枯渇しないタンク容量とエプロン面積を求めた(山本、1998,Amu-Mensah,1998)。
     ガーナ国は熱帯サバンナが広く分布し、年降水量が600〜1200mm、雨期が2回ある。アジアの乾燥地に比べ年間を通した植物期間と豊富な降雨特性を示すが、降雨量の変動は大きい。平年降水量に比べ計画基準年には60〜80%、1/100確率年には40〜60%減少する。エプロンはタンクに集水しやすい傾斜面に設定し、降水の集水効率が80%とする。次に農地における潅漑法は点滴法と従来法を適用し、両潅漑法において日消費水量が同じ潅漑効率がいずれも80%とした。
     気候帯の異なる3地区では間断日数により補給潅漑水量がそれぞれ異なる。Accra, Kumasi, Tamaleにおけるタンク内貯留量の変動をそれぞれ図−6に示す。特に降雨の多いKumasiではエプロン面積を1/3〜1/5に縮小することができる。点滴方式では農地の有効雨量が増加し補給潅漑水量が減少する結果、3地区とも潅漑に伴うタンク内貯留量の減少が少ない。点滴方式における節水効果は降水量の多い試験区ほど増加しKumasiではタンク容量を従来法の25%節減できる結果が得られた(表−3参照)。

    3.3 点滴法の消費水量
    3.3.1 土壌面蒸発ロス
     前述の適用効率では根群域保留水量が作物の消費水量に相当し、主に蒸散量と土壌面蒸発量から構成される。後者は土壌面蒸発ロスになる。作物や果樹栽培において植栽間隔が特に大きくなるような場合、従来法では大部分が土壌面蒸発ロスとしてみなされる。一例として、乾燥地のリンゴ園(イラン国マシャド土壌研究所支所)における潅漑試験結果では、リンゴの樹木は2年生であり、6m×6mの植栽間隔を示す。間断日数は点滴区が1〜2日、ベースン区及びスプリンクラー区が2〜4日である。点滴区の潅漑水量は、ベースン区の68%、スプリンクラー区の21%まで少なくできた。なお3試験区におけるリンゴの生育収量はほぼ同様な結果が得られた。これはリンゴ(2年生)の植栽間隔が大きいため、水盤区やスプリンクラー区において点滴区の非湿潤域に相当する領域からの土壌面蒸発が大きなロスになっている(山本、1988)。

    3.3.2 点滴法による地中灌漑
     乾燥地研究センターの大型ガラス室内の砂床実験区においてオクラを供試して3種類の点滴エミッターの試験区(2.5m×4.5m×3試験区)を設け潅漑実験を行った(Agodzo,1997)。点滴エミッターの地中配置方式ではporous clay pot(SSC)とporous rubber tube(SSL)、対照の地表配置方式はsurface drip tube(SD)を用いた。潅漑は毎日、前日の水面蒸発量を用いて当日の潅水量を推定した。各試験区において総潅漑水量に対する新鮮果実総重量の比を求め水利用効率WUEとした(表−4参照)。3試験区とも標準収量を上げることができたが、特にSSLが最も良好であった。これは土壌面蒸発ロスが抑えられ潅漑水が生育・収量に寄与したものと推定された。

    3.4 毛管補給水量
     空きTRAM以上の降水や潅漑水は根群域の下層域または側層域に保留されやすい。根群域の水分量が減少した場合保留水は根群域に毛管補給水として移動し再利用される。点滴法下の線状源、作物根群域と下層・側層域を図−7のようにモデル化し潅漑条件下と降水条件下における毛管補給水量を求めた(成岡、1997)。ここで毛管補給水量は蒸散量に対する割合(%)で表す。野菜栽培(根群域20cm×20cm)の場合、マサ土の土壌カラムでは潅漑下3〜4%、降水下31.0〜34%、黒ぼく土壌では潅漑下12%、降水下39〜45%の毛管補給水量を示す。また、サトウキビ栽培(40cm×60cm)の場合、マサ土では潅漑下2%、降水下3%、黒ぼく土壌では潅漑下7%、降水下35%であった。根群域が増加すると単位面積当たりの毛管補給域が減少し毛管補給水量が少なくなる。毛管補給水量は有効水分量が大きい土壌ほど増加し、降雨を十分保留した黒ぼく土では消費水量の40%以上を占めていた。

  4. 結論
     点滴潅漑における節水機構は潅漑効率が他の潅漑法より大きいこと、少量頻繁潅漑により有効雨量を大きく評価できることから説明できる。農林水産省の計画指針においては点滴法の消費水量が従来法と大差ないものとし代用している。この結果、空きTRAMの考え方で有効雨量が評価され、水源水量の節減効果が明確にされた。
     一方砂質土壌では有効水分量が少なく有効雨量や毛管補給水量はあまり期待されない。乾燥地における一、二の事例と地中潅漑に関する実験結果から点滴法の土壌面蒸発ロスが減少し消費水量が小さくなる結果が得られた。この結果は砂丘畑にも適用でき、点滴法の節水効果をさらに高めることにつながる。今後、作物別、地域別、時期別において点滴法下の消費水量のデータ集積を行い、節水的な計画潅漑水量について検討することが重要である。

引用文献
Agodzo, S.K., Nishio, T. and Yamamoto, T.:Trickle Irrigation of Okra Based on Small Pan Evaporation Schedule under Glasshouse Condition, Rural and Environmental Engineering, 33, pp.19-36(1997)
Amu-Mensah Freder i ck K.,Yamamoto Tahei and Inoue Mitsuhiro : Analyses of natural enviroment data for tank irrigated agriculture in Ghana, 農業土木学会論文集,198, pp.175-184(1998)
成岡道男・山本太平・田中 明・井上光弘:点滴灌漑における灌漑と水消費に伴う毛管補給の二次元解析,農業土木学会論文集,180,pp.143-152(1995)
農林水産省構造改善局計画部:土地改良事業計画指針,マイクロかんがい,土地改良事業計画指針,pp.12-26(1994)
農林水産省構造改善局計画部:土地改良事業計画設計基準,計画,農業用水(畑),pp.74-89(1997)
山本太平・藤山英保:乾燥地における砂漠緑化と農業開発(その3)−水資源・水消費特性と潅漑技術−農業土木学会誌,56(12),pp.56-66(1988)
山本太平:有効雨量の評価−点滴潅漑の用水計画について(U)−,農業土木学会誌,57(8),pp.13-18(1989a)
山本太平・神近牧男:点滴潅漑における有効雨量と用水量,鳥取大学砂丘研究所報告28,pp.15-21(1989b)
山本太平:少量頻繁の潅漑方式による節水的タンク潅漑システム−サヘル地帯の生産緑地における持続的潅漑計画−,乾燥地の生産緑地における節水的潅漑計画と塩類モニタリング・システム開発研究(基盤研究A(2)報告書),pp.1-14(1998)

平成11年11月12日開催「日本学術会議創立50周年記念公開講演会」テキストより転載