第3回「飛砂固定−砂防と草生導入−」

新潟大学名誉教授 廣田 秀憲


 21世紀の人類の課題は、科学技術の急速な発展によってこれまで環境に与えてきた負荷をいかにして軽減させるかにある。60億を越して増え続ける人口をどう支えるか。石油エネルギーの浪費によって21世紀の末には、年平均気温が2℃上昇して、その結果日本の海岸の砂浜の20000haの59%にあたる12000haが消えるとする試算がある。
 日本の海岸の砂浜の多くは河川の砂が流れてできたものであるが、これは戦後の砂防ダムの建設によって海岸への砂の供給が止まったためで、すでに広大な面積の砂浜が削られている。
 冬期間の荒れ狂う海岸の飛沫をみていると、砂浜の減少は太平洋側に比べて日本海側の方が遥かに厳しいことを実感する。
 古来、海岸の飛砂・流砂に苦しんだ漁民は、種々の工夫をこらして砂止め工事をしてきた結果、クロマツの保安林を設ける方法に辿りついた。しかし、地力のない砂地に植林し、木々を越冬させてやがて林帯とするまでには多くの資金と労力を要した。
 昭和30年代の後半になって灌水施設が導入され、保安林の風下に開けた砂丘地の農業は一変した。それまでのサツマイモ、ナガイモの単作から、タバコ、スイカ、メロン、ダイコンをはじめ野菜や工芸作物との輪作体系の中で、高品質、高収益の集約的な農業が展開された。
 一方、砂防保安林の設置と管理には今日も多くの事業が実施されている。制砂垣、防風垣、防風網などの設置によって砂止めをしながら内陸の農業を守っている。
 海岸特有の潮風は年間を通して吹き付けるが、現在のところ保安林帯によって遮断されている。このお陰で砂丘地の農業が成立している。
 砂は土壌ではない。夏の地温の上昇や排水の良好な点など砂丘のもつ長所もあるが、水分環境の変動や養分の短時間での溶脱をいかに制御し、環境への過剰な負荷を与えないで持続可能な農法を発展させるための農家の模索はまだ続いている。
 本稿では以上の砂丘地の農業の発展を回顧しながら、前砂丘の風上で客土工の採用によって外来の耐塩性の草種の導入の可能性を検討した経過を解説したい。
  1. 新潟県の海岸砂地造林事業小史(14)
    *新潟市
    元和3年(1617) 堀 直寄、カワラグミ移植
    宝暦年間(1750's) 牧野氏、苗圃をつくる
    明和年間(1760's) 村松屋金七、ヨシズで囲んだ人工砂丘をつくる
    天保8年(1837) 14年(1843)、町営から直轄領となる、
    当時砂防係を置いた
    明治44年(1911) 県の保安林となる

    *村上市
    延宝2年(1674) 徳光屋覚左エ門、アカマツの苗
    5000本を移植
    元禄元年(1688)−(1709) の22年間毎年アカマツの苗300本を移植
    山守給料支出、落葉、落枝、
    下草とり禁止
    明治43年(1910) クロマツ植栽奨励
     
    *県の事業
    大正3年(1914) 農商務省この事業を中止、県は単独に
    補助を続行(1928まで)
    市町村からの寄付金を期待した
    大正7年(1918) 海岸砂防補助規程
    昭和8年(1933) 県の直営事業に切り替えた。この事業は
    昭和12年に廃止した
    昭和20年(1945) 海岸砂地造林事業
    昭和28年(1953) 海岸砂地地帯農業振興臨時措置法
     
    工法の変遷
    第1期  大正4年(1915)−昭和7年(1932)
     飛砂防止は主に堆砂垣(59km)とアキグミの植栽(18ha)  
     堆砂垣、芝工、塵埃汚泥土、立ちわら、アキグミ、アカシア、ネム
    第2期  昭和8年(1933)−昭和20年(1945)
     クロマツの補修、補植を重点とした
     堆砂垣、カヤ工、排水工、静砂垣(3.2km補修/年)、立ちわら、敷きわた、埋めわら、
     クロマツ、アキグミ、アカシア、ネム
    第3期  昭和21年(1946)−昭和30年(1955) この期間は国の補助がなく事業は市町村に委ねられた
     ハマニンニクの植栽を主とした
     堆砂垣、板垣、整地、植草、静砂垣、立ちわら、敷きわら、埋めわら、客土
     クロマツ、アキグミ、アカシア、ポプラの植栽、下刈り、施肥
     以上の40年間にクロマツの植栽が800haに及んだ

  2. 施工法の手順
    *前砂丘(堆砂垣)
     材料:ヨシズ、板、竹 汀線より55mの位置に高さ90cmのコモヨシズ、カヤスを張る  風の透過率50%  側砂垣を9-18m間隔に設ける  
    *植草の具備すべき特性  
     ア。耐塩性高く、潮風、飛砂に強い
     イ。砂に埋まってもよく繁殖し、生育する
     ウ。多年生の草種が望ましい  
    有望な草種:ハマニンニク(小さい株を数多く植える)ケカモノハシ、コウボウムギ、ハマゴウ、ウィーピングラブグラス(吹き付け工法で砂地に播く)  
    *静砂垣
     クロマツの活着促進、砂止めの効果が大きい 10-20mの垣をつくる  
    *クロマツの植栽
     2−3月に10000本/haを移植する。 80cmのいなわらを根入れして立てる 1.3-1.8mの間隔とする 2つ折りして地上に20cm,4束/sqm 当時客土の思想はなかった。  
    *アキグミの植栽
     2年生実生苗 0.5×0.5m  40000本/ha  60cmの枝を深さ30cm以上挿す

  3. 海岸保安林の植生
     飛砂を防ぐための海岸保安林の植生は、図1および表1に示すように、波打ち際から一定の距離に砂浜があり、冬季強風に運ばれた流砂が40-50mのところまでたたきつける。日本海側の海岸ではここまでは海の浅瀬のようになって流木やプラスチック製品などの浮遊物を運びあげる。図1はここまでを飛砂地とよんでいる。その後方に、冬の飛沫をかぶりながら細々と耐塩性の草類が自生しているが、これを砂草とよんでいる。砂草地にはところどころにハマニンニク、コウボウムギ、ハマニガナ、ハマヒルガオ、スナビキソウ、メヒシバなどが散生している。
     砂草地の後方に人工的な前砂丘を築いているところが多く、海からの強い潮風を和らげている。前砂丘の後方に漸くアキグミやクロマツの植栽ができる。
     前述したように、1940年代まではアキグミを主体にした砂止めに終始した。導入の目的がクロマツであったので、当初はクロマツの補植に追われた。
     1950年代からハマニンニクの導入が始まり、在来の草種による砂地の緑化が形をなした。海岸の砂浜に自生する樹種・草種は以下に挙げるとおり、ほぼ共通しているといえよう。
     しかし、海岸に自生する在来草は移植耐性が低く、発根力が劣るため、草本でハマニンニク、木本でアキグミ、トベラ、マルバシャリンバイ、ハマナスなど実用性の高い種類は限られる。砂浜に自生している草種の株に堆肥を施しても枯死することがある。
     砂浜を好んで生きる草種は夏の高温乾燥に強く、庇陰に弱いが肥料養分の高い培地では発根して生育を促進するという戦略をもっていないようである。徒に過繁茂になることもない。与えられた環境に淡々として順応し、争うことなく無理のない暮らしを好むのであろうか。

  4. 草類の耐塩性
     砂浜の環境は厳しい。まず、砂は土壌ではない。土壌と異なって保水性や保肥性に欠ける。特に夏季の地温が異常に高くなり、普通の植物の生活を拒む。砂浜にはいつも風が吹き時には荒れる。海水が風に煽られて飛沫となり、植物体をたたきつける。砂が動き、吹き溜まりをつくる。この堆砂に埋められた植物は地表に出ることができず、消耗しやがて腐る。
     砂浜で定着するための植物の特性として耐塩性が求められる。この草種選定のためにいくつかの草種を供試して耐塩性を検討した。
     筆者は、1989年以来イスラエル原産の多年生オオムギ(Hordeum bulbosum)を栽培し、その強い耐乾性とリズミカルな成長サイクルに注目して研究を続けた。それを新潟市五十嵐浜の海岸に移植した。この草種は耐塩性が他の牧草類よりもかなり強いが、冬季の飛砂や流砂に埋まると草体が腐って生育しない。また春から夏にかけての生殖成長期には潮風に弱く、葉身の組織が風のために縦に裂けて枯死することがある。
     1994年、中国吉林省長嶺県長嶺種馬場の東北師範大学草地研究所支所の試験地に自生するステップ草原の数種イネ科草の種子の譲渡をうけ、それらの生育特性や耐塩性について検討を続けた。このうち次の3種を有力な候補とした。
    *羊 草 Aneurolepidium chinense
    *野大麦 Hordeum brevisublatum
    *星星草 Puccinellia tenuiflora
     対照草種としてトールフェスク Festuca arundinaceaを選定した。
     幼植物や成植物をワグナーポットに栽培し、0-0.8molの5段階のNaCl溶液を排水孔から供給・毎週更新して6週間生育を調査した。一部を五十嵐浜に移植し、耐塩性・耐乾性のほか、飛砂・流砂に対する反応を観察した。その結果、3草種とも前の3項目については問題がないが、流砂に弱いことが分かった(図2−6)。
     3草種とも発芽まで2−3週間かかるが羊草は6週間もかかって不揃いに出る。移植するには3−4週間以降がよい。砂浜への移植には堆肥を4−5kg/m2施し根域を確保すると夏の乾燥を乗り切る。
     羊草は地下茎でひろがり栄養繁殖をする特性があって多年生で砂浜の緑化に有望で特に地表の淋しいハマニンニクとの混植に適するかもしれない。
     星星草は耐塩性が強いが堆砂に耐えず生育力が弱い。
     野大麦は初年めの生育が極めて旺盛であるが、新潟の環境では短年生となり用途が限定される。
     3草種とも野生草のため多肥に弱く10-20g/m2程度の元肥に止める。また虫害が少ない。野外では病気が出ないが、温室で栽培すると2月にウドンコ病が出る。

  5. 飛砂防止と牧草導入
    (1)海岸の保全
     海岸線の後退は日本各地で指摘されているが、新潟市の西海岸で明治22年からの62年間で360mとなっている。国、県、市町村ともに海岸侵食の対策を講じている。
     昭和30年代から次の工事をすすめてきた。
    潜堤防をつくり、波の勢力を弱め底質の沖合いへの移動を阻止する
    突堤をつくり海岸に添っての水の流れを阻止する
    護岸工、根固工により、砂丘の侵食を阻止する
     昭和40年代からは上記のほかに農林水産省の海岸防災林造成事業を強化し直立護岸および根固工を実施してきた。
     昭和50年代から港湾区域の海岸で離岸堤、人工リーフなど海岸保全施設の整備をすすめ、トンボロ(三角状の州)ができた。
     砂浜の緑化はこうした抜本的な海岸保全対策なしには不可能であり、担当の省庁が互いに連携しあって国土の保全の効果をあげてほしい。  
    (2)新しい試み  
     *客土 砂浜に新しく植物を導入する場合、一定量の腐植を含む土壌の客土が必要である。土壌の量が少ない場合はよく砂と混合する。土壌は吸水性と保肥性の高いものを選ぶ。筆者らは酸性白土の工場産物を用いて成果をあげている。5cmの篩を通した土の塊をまくと3年を経過しても一部が細かく崩れるが大きな塊が残っている。このため、表面を走る風の速度を落とし、飛砂を少なくする。崩れた土粒をつかんで植物根が生育を続ける。この材料は築堤の際に土羽打ちにも有効である。
     「ガレオナイト」はゼオライト、酸性白土生産の際に生じる廃液を中和・圧縮・濾過して固形化したものの商品名で吸水性・保水性や保肥力にすぐれ、土壌と混合すると圧縮強度が増す。この土壌を砂浜にまくための専用クローラーダンプも開発されている。
     *植生袋 植生袋にバーク堆肥、種子、肥料および上記の土壌の小粒をまぜて砂浜に置くのもよい。飛砂止めにもなり、植物の出芽も確保出来る。現在のところ経費がかさむのが難点である。
     *ボールシーディング バーク堆肥に小量のベントナイト・肥料・種子を混合し水を加えて200gほどのボールをつくり砂浜に埋める方法は確実な緑化法である。これまでの実験で夏季に30日間降雨がなくてもボールの中まで乾くことはない。

  6. 草生導入の展望
     砂浜の砂防工事は海からの強い風に煽られ、飛砂や流砂との戦いである。 沖合にテトラポットによるリーフを設け、岸辺に人工の築堤をつくり、海岸侵食を防ぐ努力が続いている。この堤の風下に数列の堆砂垣を設け、砂がたまる場所を与え、後列にハマニンニク、アキグミなどの植栽を行なう。静砂垣の中にイナワラなどのマルチをする。最後列にマルバシャリンバイ、マサキ、ドベラ、ハマナスなどの幼樹を植栽すれば標準的な砂防工事となる。植栽にあたってゼオライト、酸性白土からの廃材を客土として用いる。
     条件のよいところにはシロダモ、タブノキなどの高木を植栽する。
     既存のクロマツを主とした砂防保安林はマツクイムシの被害に苦しんでいるが、風下の営農地帯への影響も懸念され、地域全体としての砂防対策が必要である。風の強くない海岸の砂浜や空港用地ではシーショアパスパラム Paspalum vaginatumの導入・試作が始まっている。
     筆者のこれまでの研究では、暖地型牧草・寒地型牧草ともに春播きがよい。夏播きや秋播きは成功率が低い。急速な緑化にはパールミレットなどの1年草を用い、流砂環境が穏やかであれば、ウィーピンクラブグラスやトールフェスクの播種もよい。夏・冬を通して緑化し、多年草の草原とするにはハマニンニクを越える草種はない。中国の半乾燥草原に自生する羊草・野大麦・星星草などの導入についてはなお研究を重ねる必要がある。
     この研究の動機は、中国東北地区のアルカリ化の進行で衰退している半乾燥草原の草生回復のための基礎研究の一つとして、新潟市の海岸の砂浜を「沙地」に見立てて実験を進めてきたもので、その成果を彼地に還元することを目的とした。前述のボールシーディングについて東北師範大学で本年から研究を始めることになっている。
     この種の現地試験では、試験区の広さを1区1a以上とし、試験地全体で10ha以上の規模でなければ荒れ狂う強風のもとで長期にわたって研究することができないし、再現性も覚束ない。海岸線の管理は建設省、運輸省、都道府県およびその他の団体と混在していてそれぞれの組織の横の連絡が非常にうすいのが実態である。互いが連絡を密にして長期にわたる大規模な海岸砂防の研究開発が推進されることを願って止まない。
     研究の推進に当たって、中国の半乾燥草原に自生する野草の種子を快く分譲して戴いた、東北師範大学草地研究所、祝廷成所長、周 道玲教授ならびに王徳利助教授に感謝したい。
     長い間海岸の試験地を利用させていただいた建設省北陸地方建設局、運輸省第1港湾局および新潟市に感謝する。
     草類の耐塩性に関する基礎実験や現地の調査に協力してくれた新潟大学農学部の草地学研究室の学生諸君に感謝する。
     また、現地の試験地の造成や管理について全面的に支えて戴いた緑物産(株)の小林幸一社長、同白根工場の木浪富夫工場長はじめ関係各位に深謝する。

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平成11年11月12日開催「日本学術会議創立50周年記念公開講演会」テキストより転載