2)土壌からみた砂地農業

広島大学生物生産学部 安藤 忠男


  1. はじめに
     「砂地(さち)農業」は筆者にとってはほとんど未知の研究領域である。インドのタール砂漠周辺の半乾燥地農業、ブラジルのセラード地域に分布する石英砂土、ケニヤのサバンナ等における砂地に触れた経験はあるものの、自らの研究対象としたことはない。したがって、本稿はいわば門外漢による「砂地農業考」である。理解不足や誤解が多くなることは避けられそうにないが、読者の参考になる点が一つでもあれば望外の幸せである。
     「砂地農業」と言われても門外漢には疑問だらけである。「砂地」とはそもそも何ぞや?わが国のどこにどれほど分布するのか?砂地ではなぜラッキョウなどの作物が特産物になるのか?砂地農業のメリットとデメリットは?砂地への有機物施用の是否は?砂地農業の将来性は?などなどである。これらの疑問について自問自答した内容が本稿である。

  2. 砂地の農業利用
    1)砂地とは
     「砂地」は文字で自明なためか、その定義は見い出せなかった。砂地とは一般的な用語で「砂質土壌が分布する土地」と理解して良いと思われる。文献では「砂丘地」が頻繁に使用されているが、わが国では砂地の多くが砂丘地で、古くから農業に利用されてきた歴史があるからであろう。砂丘地以外には海岸や河口部の砂地がある。これらの面積は広くはなく、また、海砂などを客土している場合が多い。因に筆者の住む広島県では砂丘はなく、芦田川の河口部と一部の島嶼部でわずかに砂地農業が行われているに過ぎない。
    2)砂地利用の歴史
     わが国の砂地利用は、少なくとも300年以上の歴史を有し、徳川時代の中期には、日本海沿岸部の砂地に砂防林植栽事業が行われた(遠山、1970)。これらは砂地を農業生産の場として利用するよりは、むしろ飛砂から内部の水田を守ることに主眼があったようだ。砂地の農業利用は16世紀後半には始まっている(佐藤、1980)が、本格化したのは1953年に施行された「海岸砂地地帯農業振興臨時措置法」以降である(尾崎、1983)。戦後の食糧増産を目的とした開拓行政の一環として制定された法律であったが、砂丘地農業を発展させる大きな契機となった。この法律の指定基準に達した全国の砂丘地面積は約24万haで、そのうち耕地は約8.1万ha(34%)、耕地の約6割が畑として利用されていた。
     わが国に現在どれほどの砂地耕地が存在するかは定かではない。農耕地土壌として利用されている砂丘未熟土は24,200haに過ぎない(松本、1993)。その他の砂地を加えても全耕地面積の1%弱の4−5万haと言ったところだろうか。これらの大部分が日本海沿岸部を中心に全国各地の沿岸部に分布している。砂地ではイネを含むたいていの作物の栽培が可能だ(脇坂、1980)が、各砂地に共通する主な作物はメロン、ネギ、ダイコン、ブドウ、ラッキョウ、カンショの7種で、ラッキョウ以外は砂地以外にも大産地を有する(藤井、1997)。また、これらの地域では後継者不足など全国に共通する悩みの他に低地力、飛砂、排水不良などといった砂地土壌に関係深い問題を抱えている(藤井、1997)。
     尾崎(1983)によると、1953年の砂地臨時措置法の制定後の30年間で主な砂丘地の耕地面積は、徳島県や鹿児島県を除くと平均して2割以上減少している。この傾向はわが国の耕地の減少と軌を一にしていると思われ、砂地農業もわが国の農業全体の枠組みの中で捉える必要があることを示していよう。もし、砂地農業の将来に水準以上の活力を期待するとすれば、それは砂地特有の栽培環境を活用できるか否かにかかっているのではないか。


  3. 栽培環境としての砂地の特性
     しからば、栽培環境としての砂地の特性とはどのようなものか。乾燥地でもないわが国に砂地が形成されるには、それなりの気象や地形上の要因があったはずである。しかし、砂丘地の形状は古く(赤木、1983)、現在の環境とは大きく異なるものであったろう。本稿では自然の営みの結果として形成された砂地の土壌環境に焦点を当てて整理する。その中で砂地を活用するヒントを得ることを期待しよう。砂丘地以外の砂地の場合は、一般に行われている客土の材料の特性が大きく影響するものと考えられるが、砂地の基本的特性に大きな違いはなかろう。
     土壌分類上の砂丘土壌は、非固結岩石土壌(レゴソル)に大別され、農耕地の土壌分類では砂丘未熟土に分類されている(松本、1993)。粘土含有量が極端に少ない、有機物の集積が少ない、通気性や排水は良好だが保水性や保肥性が低い、地温が上昇しやすい、自然肥沃度が著しく低いことなどが砂丘土壌の一般的な特徴とされている。したがって旱魃を受けやすく、肥切れしやすいため、戦前までは農耕地としては劣悪土壌に位置付けられていた。その後、養水分の管理技術が進歩して砂丘地土壌の難点の多くが除かれ、砂丘地農業が発展したが、これらの特性とともに連作障害や病虫害が多発しやすい(尾崎、1983;遠山、1984)などの問題が依然として残っているようである。
     砂地土壌の特性を一言で述べれば、緩衝能が小さいと言うことである。物理的、化学的、生物的緩衝能のいずれもが他の土壌に比べて一般に著しく小さいために、外界の影響を強く受け、性質が変化しやすく不安定なのである。しかし、この性質はあながち難点とは言い切れない。緩衝能が小さければ制御しやすいからである。このことは、一般の土壌と水耕や砂耕培地とを比較するとよくわかる。有機物に富み肥沃な土壌は緩衝能が大きく、作物培地としては極めて安定している。保水力や保肥力が大きいために少々乾燥が続いてもあるいは施肥しなくても、そこそこの作物生産を維持できる。しかし、逆に作物の養水分供給を制限して生育や品質をコントロールしようと思っても、それは簡単ではない。一方、水耕や砂耕培地は培地の緩衝能が小さいため、作物の生育量が大きくなると培地の成分が時々刻々変化するほどである。しかし、手段さえあれば培地を思うようにコントロールすることが可能である。砂地に培地コントロールの容易さを求めるか、あるいは培地としての安定性を求めるかが、砂地の土壌管理の方向を決定すると考えて良いであろう。

  4. 物理的特性
    1)土性
     土壌の固さ、水分含有量、地温などの物理的パラメーターは気象環境などの土壌を取り巻く環境とともに、土壌を構成する物質組成によって決定される。わが国の砂地土壌は一般に粒径0.02−2mmの粗砂や細砂が90%以上占め、それ以下の粒径のシルトや粘土は数%以下であり、腐植含有量も極めて低い(川口、1984)。このことによって砂地土壌の物理性が特徴づけられている。すなわち、シルト、粘土、腐植が少ないために土壌粒子は結合しにくく、粗孔隙に富む土壌を形成する。土が固まらないから下層まで膨軟で、耕耘や整地が容易であり、ナガイモやダイコンなどの根菜類の根部肥大に適した土壌となる。ナガイモの品質と生産性は粒度と関係が深く、0.3mm以下の細粒が砂土の50−70%を占めると、肥大がよく肌のきれいな芋ができる(藤井、1997)。雑草が少ない上に除草も容易で、しかも収穫物から土壌を除くことが極めて容易なので、ラッキョウや根菜類などの地下部を収穫する作物の栽培には都合がよい。しかし土壌構造が発達しにくいため、雨や風によって土壌粒子が移動しやすく、畝が崩れたり、飛砂を生じやすい欠点をもつ。
    2)通気性

     孔隙に富む土壌は通気性や透水性が良好である。砂地土壌は孔隙断面積が大きいので拡散によるガス交換が活発である。また透水性が良好で地温の日較差が大きいため、降水や土壌空気の膨張収縮などによるマスフローも盛んであり、大気とのガス交換が促進される。このことは根圏土壌を好気的に維持して、根の呼吸を促進し、湿害の防止に役立つ。したがって、根菜類や根の酸素要求量の多いナス科作物、湿害に弱い畑作物には適した土壌条件を提供することになる(渡辺、1981)。一方、好気的な土壌環境は土壌有機物の分解を促進し、有機物と結合して安定な複合体を形成する粘土が少ないことと相まって、砂地に土壌有機物が蓄積しにくい要因の一つとなっている。
    3)透水性

     透水性が良好であることのメリットも大きい。かなり強い雨が降っても流去水が発生しにくいので、水食の防止や地下水の補給に役立つ(小谷、1984)。また、地表面の施肥成分が重力水によって徐々に下層に運搬されるため、追肥の地表面散布や石灰の追肥などの砂地ならではの施肥技術も可能となる(藤井、1997)。施設土壌で問題になる塩類の過剰集積も生じにくく、また発生しても灌漑によって容易に除去することが可能であろう。しかし一方、砂地土壌の保肥力が極めて小さいことにも起因して水溶性養分が簡単に溶脱し、肥切れを生じやすいデメリットにもなる。
    4)保水性

     砂地土壌の保水性が小さいことも大きな特徴である。孔隙率は一般に45−55%あるが、液相率は5−20%と極めて低い。そして土壌水の85%以上が非毛管孔隙に表面張力によって保持されている(小谷、1983,1984)。これ以上の水分が供給されても大部分は重力により下層へ移動してしまう。したがって砂丘地土壌の水分量は一般に非常に少なく、作物生育に好適な圃場容水量は7−10%、作物が生長に利用できる有効水分量が6−8%と低い(小谷、1984;五島、1986)。そのため灌漑によって容易に土壌水分を制御できる一方で、灌漑施設を欠いたり、土壌水分管理を誤ると旱魃を受けやすい。
    5)地温

     地温の変動も特徴的である。砂地土壌の熱伝導率と熱容量がともに小さいため、乾燥した砂は日射により容易に地温が上昇し、接地面の気温を上昇させる。砂丘畑の日中の地表温度は付近の普通畑より18℃も高くなるという(小谷、1984)。しかし地温の日変化は、熱伝導を促進し、気化熱を奪う土壌水分によって大きく抑制されるので、水分の多い砂地では地温は上昇しにくい。砂丘土の地温が上昇しやすいことは特に春先の作物栽培を容易にし、促成栽培に有利である。しかし、サラダ菜やセロリーなどの高温を嫌う作物の栽培には逆に支障となりうる(渡辺、1981)。地温が高すぎる場合は、マルチや植生で日射を防ぎ、散水により地温を低下させることが可能である(佐藤、1980)。
    6)飛砂

     砂地にかなり固有の問題として飛砂がある。地表面の乾砂が風によって移動する一種の風食であるが、受食面では地表土を失うほかに定植した苗が浮き出たりする被害を生じ、堆積部では苗が埋もれたり整地面が乱れたりする。飛砂による土壌病害虫の伝播の可能性もある(遠山、1984)。また、風下に民家がある場合には、ひどい飛砂には苦情も出よう。飛砂には何のメリットも認められないので、出来るだけ防止する。従来からの防砂林、防砂ネットなどの他に圃場内の飛砂防止に裸地期間を少なくする作付け(佐原、1978)や「防風ワラ」などの篤農技術(藤井、1997)が効果的である。気象状況や作付け体系を考慮した地域ぐるみの総合的な飛砂防止対策が望まれる。

  5. 化学的特性
    1)養分源
     作物は施肥養分と土壌蓄積養分の両者を吸収利用する。作物の土壌養分吸収量が多いほど土壌肥沃度や地力が高いといわれる。砂地土壌は一般に肥沃度が低いとされるが、はたしてそうなのであろうか。長井ら(1981)が鳥取砂丘土を用いた栽培実験によると、確かに土壌の窒素天然供給量は著しく低いが、カリやリンは比較的多い結果を得、砂丘土壌は元来カリの供給源が豊富であると結論している。砂地土壌の肥沃度が低いと一言で片付けずに、養分種ごとの検討が必要なようだ。
     窒素は土壌有機物が主たる供給源なので、有機物含有率の低い砂地土壌では、土壌からの窒素供給を期待できない。リン酸や硫黄も一般には土壌有機物が主要な供給源なので、砂地土壌では極めて少ないように考えられがちだが、貝殻や海水などからの供給を期待でき、天然供給量は比較的豊富である。山内(1991)はメキシコのゲレロ・ネグロ砂地土壌で670mgP/kgもの可給態(トルオーグ)P量を測定しているが、貝殻の多い場合にはわが国の砂地でも高い天然P供給量を期待できるのではないだろうか。カリの天然供給量は土壌の栽培や施肥履歴(長井ら、1981)によって、また地域(藤山ら、1985a)によって大きく異なることが知られており、また砂を構成する一次鉱物の種類によって大きく異なり得るので、土壌ごとの養分調査が大切である。カルシウムやマグネシウム、微量要素についてもカリやリンと同様であろう。特に客土される海砂はリン、カルシウム、マグネシウムや微量要素の豊富な供給源になりうると思われたが、養分濃度の実測値を見い出すことはできなかった。海水飛沫も微量要素の供給源になろう。砂丘土では収量の増大に伴ってマグネシウム不足による養分のアンバランス、マンガン、亜鉛、ホウ素などの欠乏する事例が報告されており(長井、1981)、肥培管理と併せて土壌投入資材にも目を配る必要性がある。
    2)土壌中の養分の移動

     土壌中の養分は土壌水によって溶解され、運搬される。土壌水中の養分は土壌粒子のイオン交換基に保持されたり、イオン交換しながら移動する。保肥力の指標である陽イオン交換容量(CEC)は砂地土壌では、未耕土で2−3me/100g、耕土で5−6me/100gと低い(松本、1983)。したがって土壌水に溶解した養分は土壌に保持される割合が少なくなる。このことは養分濃度緩衝能が砂地土壌で一般に低いことを示しており、多量の施肥は土壌溶液中の養分濃度を急速に高めることになる。土壌溶液中の窒素、カリウム濃度は一般土壌よりむしろ高い(稲部、1984)。したがって、追肥の効果は迅速に発現しやすい一方で、養分過剰を引き起こしやすいことにも留意する必要がある。
     土壌中の養分移動は、養分の種類や共存イオンによっても異なる。山内(1974)は鳥取の砂丘土がカリウムイオンを特異的に吸着することを見い出しており、土壌のカリウムイオン吸着は随伴アニオンの影響を強く受ける(藤山ら、1985a)。この機構は未解明だが、藤山ら(1985a)は砂丘土では水溶性、交換性、非交換性カリが動的平衡関係にあると推測している。砂丘土のリン酸吸収係数は地域によって差異があるが、耕地でも高だか300−400程度と低い(松本、1883)。しかし施肥リン酸の多くは施肥位置付近に留まり(長井ら、1980;藤山ら、1983)、溶脱による損失は小さい(松本、1983)。
     砂地土壌では、毛管水に比べて重力水がはるかに多くなりやすいので、窒素などの水溶性養分の垂直下方への移動が大きい(長井、1962;長井ら、1980)。特に灌漑水量の多いときは硝酸イオンの流亡が大きい。灌漑水量が多くなるにしたがって、アンモニア態窒素施肥後3−4週間目に窒素の流亡が急激に増大する(藤山ら、1983)。下層に流亡した窒素は地下水の汚染を招きやすいので、環境汚染を防止し、施肥効率を高めるためにも土壌水分を圃場容水量レベルに維持する管理法が必要である。この水分レベルでは、作物の蒸散に伴う土壌水分の根圏への集中も期待できるので、根圏外へ移動した養分の回収にも効果が期待できるであろう。
    3)施肥と作物の養分吸収

     砂地では水溶性養分の溶脱が多いので、窒素やカリばかりでなくリン酸においても追肥に重点を置いた施肥が行われている(藤山ら、1985b;藤山ら、1987)。ナガイモに対する追肥は10回以上と多い(藤山ら、1985b)。カルシウムやマグネシウムは基肥が主体である。藤山ら(1985b、1987)は鳥取砂丘地におけるナガイモとラッキョウの施肥と養分吸収を調べ、標準施肥条件下における施肥三要素の利用率がナガイモ;窒素(50−64%)、リン酸(12−14%)、カリウム(57−75%)、早出しラッキョウ;窒素(44−81%)、リン酸(12−23%)、カリウム(41−92%)と一般畑地と同程度かそれ以上の値を得ている。水溶性養分の損失しやすい条件下で比較的高い施肥養分利用率を挙げている背景には、追肥回数が際立って多いことおよび灌水などの水管理がきめ細かく行われていることを示している。生産者間で比較的大きな利用率の差が出ているのも、これらの施肥技術と水管理技術の差異を反映しているものと思われる。
     要するに保肥力の小さい砂地土壌では、作物と土壌の状態に応じたきめ細かい管理が必要である。したがって作物の栄養診断や土壌診断は砂地土壌では特に有用と考えられるので、生産者が現場で容易に利用できる砂地土壌用の診断技術の開発・利用が望まれる。
     リン酸の利用率は特にナガイモで低い。砂地土壌ではリン酸吸収係数が比較的低く、その主因が土壌によるリン酸の固定にあるとは考えにくい。砂地土壌においてもリン酸が移動しにくいことを考えると、リン酸については基肥に重点を置き、深層施肥を試みる価値があるのではないだろうか。
     それにしても追肥回数が多いことは生産者に大きな労力負担を強いることになる。追肥回数を減らし、養分の流亡を回避しつつ根圏中の養分濃度を適切に維持するには、養分の溶解速度を調整した被覆肥料などが有効であり、実証試験で好成績を収めている(藤井、1997)。砂地土壌では地力窒素を高めることが困難なので、肥効調節肥料はまさに砂地土壌向きである。施肥量や施肥回数の削減にも役立ちうるので、砂地土壌の特性にマッチした安価な肥効調節肥料の開発が望まれる。
     灌水チューブを利用した液肥の利用も大いに検討に値する。山内ら(1991)はメキシコのゲレロ・ネグロの砂地における野菜類の栽培試験で液肥施用が基肥よりも作物の生産者および労働生産性の上ではるかに有利であることを実証している(山内、1991)。わが国でも施設栽培では液肥チューブ灌漑が行われているが、砂地土壌の露地栽培においても液肥チューブ灌漑の普及は労働生産性を向上させるだけでなく、地下水汚染を軽減しうるので真剣に検討する価値があると考えられる。
     植物根は種々の有機物を分泌して根圏土壌に作用していることが知られている。化学的および生物的緩衝能の小さい土壌では、植物のこのような作用は普通土壌以上に効果を発揮する可能性がある。pH緩衝能が小さい砂地土壌では、植物根が分泌する有機酸などにより、一次鉱物中のカリウムや貝殻などに含まれるリン酸、カルシウム、微量要素などを積極的に利用させることも可能ではないか。また植物が生産する生物活性物質を積極的に利用して病害虫の密度を減少させる方法も考えられる。砂地土壌の養分管理や土壌生物管理の上で、植物の有する根圏環境改善作用を積極的に利用する手段を検討する価値はあろう。
    4)土壌pH

     極端な土壌pHは作物根に直接影響するが、砂丘地の土壌pHは5.1−7.7程度であり(松本、1983)、土壌のpH緩衝能も小さく、植物根の根圏環境改善作用も期待できるので問題にはならないだろう。問題になりうるとすれば、土壌pHが土壌養分の溶解性や病原菌の増殖に影響する場合である。砂地土壌はpH緩衝能が弱いので、過度の石灰施与は土壌pHを高め、亜鉛、鉄などの微量要素を不溶化し、それらの欠乏を誘発したりするので注意が必要である。

  6. 生物的特性
    1)病害虫
     砂地土壌は際立った物理的、化学的特性を示すために、それらの特性に適した作物の栽培や技術化が進められるのは当然であろう。しかし、このことは一方で栽培種の単純化や連作化を招きやすい。その結果として、特産地での病虫害の発生が大きな問題となりうる。遠山(1984)は砂地土壌では静菌作用が弱いため寄主作物の連作など病原菌の増殖に好適な条件下では土壌中の病原菌密度が急激に上昇して病害が多発しやすく、ネギの萎ちょう病など数種の病害の発生は土壌のpHや地下水位などの土壌条件とも密接に関連していることを示している。その上で、防除水準を評価するための土壌検診を提案している。砂地土壌では土壌間の比較が比較的容易なので、化学的な土壌診断とともに病害診断を普及する価値は大きいと判断される。
     砂地土壌における病害の報告が多い。最近ではラッキョウの白色疫病や乾腐病(伊阪、1986)、灰色かび病(油本、1988)、赤茎症(成川、1988)、ダイコンの根くびれ病(小田桐、1986)や萎黄病(小田桐、1988)、ナガイモのえそモザイク病(油本、1988)、メロンの萎凋症(成川、1988)、ネギ、ナガイモ、カンショの害虫(谷口、1986)などが報告されている。農薬や土壌消毒により対策が確立できたものも多いが、農薬耐性種の出現も関係しているのか、次々と病虫害が発生しているようである。野菜類ではその安全性や環境汚染に消費者の関心が高まっているだけに、農薬の使用には生産者も気を使うことが多いことと思われる。しかし、手をこまぬけば生産物が全滅する危険性もあるだけに、土壌検診を含め、砂地農業における安全で環境を汚染しない総合的な病虫害対策の確立が急がれるところである。
     病虫害の発生には一般に環境要因の影響が大きい。病虫害の発生と土壌pH、温度、土壌水分などの環境要因との関連も指摘されており、それぞれの作物ごとに適切な予防管理を行うことは重要と思われる。多くの病気が土壌病害であることも重要な点である。金沢ら(1990)が砂丘地土壌の微生物的特徴を、土壌酵素活性を指標にして調べた結果、菌数と菌相はともに貧弱で、土壌の酵素活性が栽培種により大きく異なっていた。このことは生物的緩衝能の小さい砂地では単一種の連作により、特定の微生物を優占させてしまう危険性を示唆している。このことは連作障害の発生と無関係ではあるまい。したがって土壌微生物相の多様化も重要な防除手段の一つになると思われる。
    2)土壌有機物の蓄積と有機物の施用
     土壌の物理性や化学性の改善を目的として、砂地への土壌有機物の投入が行われてきた(川口、1981;安西、1981)。しかし、砂地土壌では有機物が思うようには蓄積しない。その理由は前述したように砂地土壌の好気的、高温的環境が微生物による有機物分解を促進し、また腐植を安定化させる粘土が少ないからであろう。土壌の物理性や化学性の改善は有機物資材に頼らなくてもゼオライトや被覆肥料などの農業資材の活用により砂地土壌の特性を温存しつつ短所を部分改良することは可能ではないだろうか。物理的、化学的緩衝能が小さい砂地土壌だからこそ、このような手段が大きな効果を発揮しうると思われるので、安価な農業資材の供給が待たれる。
     砂地土壌の特性を損なわずに微生物相の多様化を図ることは良質な堆肥の投入で可能である(松本、1993)。数種のコンポストが土壌病害の予防に役立ったことが報告されている(小田桐、1986)。これも生物的緩衝能が小さい砂地土壌だからこそ比較的容易なのであろう。砂丘地では忌地現象や連作障害が少ないとの見解もある(渡辺、1981)が、そこでは堆厩肥の投入が奨励されていた為かもしれない。筆者らもある種のコンポストがトマトの疫病菌などの土壌病原菌に有効であることを確認し、有効微生物を単離し、その作用機構を検討中である(長岡ら、1998)。このような微生物農薬的機能を強化したコンポストを製造できれば、生物的緩衝能の小さい砂地土壌だけに有効な病害対策を提供しうるのではないかと期待している。

  7. 砂地農業の発展方向
     上述してきたように砂地土壌は他の土壌には無い物理的、化学的、生物的特性を有する。これらの特性はいずれも長所と短所を併せもつ両刃の剣である。これらを長所として捉えるか、あるいは短所と考えるかによって土壌管理の方向は逆転する。  砂地を人並みの普通畑に変えようとすれば、客土や有機物の投入など巨額の資金や労力と長時間を要することになろう。それでも肥沃度の高い土壌に変えるのは容易ではない。その結果、他の普通畑と同じ作物を生産しても経営としてのうまみはないのではないか。むしろ砂地の物理的、化学的、生物的特性を最大限に活用し、砂地ならではの農業を行う以外に砂地農業が水準以上の活力を発揮することは困難と思われる。この方向は、多くの砂地農業が歩んできた方向でもある。さらに磨きをかけて砂地農業を、幸をもたらす「幸(さち)農業」に変えてほしいと願う者である。

  8. おわりに
     砂地農業の実態もほとんど知らない者が砂地農業を語るのは、おこがましい限りである。入手できた文献などを出来るだけ客観的に整理しようとしたが、準備は不充分であり、門外漢ゆえの誤解や理解不足は否めない。それらをご指摘ご教示いただければ幸いである。
     砂地農業について勉強する機会を得て感じたことは、予想以上に多くの知見や技術が集積されていたことである。そして多くの研究が学問のための研究ではなく、現場に根ざし、現場を指向していたことである。ここに農学のあるべき姿を見い出して大変うれしく思った。研究活動の中心となっておられる砂丘学会の会員諸氏、砂地農業の技術開発を担ってこられた試験研究機関や生産者の皆様に心から敬意を表する次第である。
     砂地農業のために開発された多くの農業技術は、普通畑にも適用できる。また、世界の多くの地域で深刻な問題となっている乾燥地の農業にも共通するものが多い。農業にとっては最劣悪地であった不毛の砂地を生産力豊かな耕地に変え得た成果は、世界の荒地に挑む若者達に夢と希望を与えるものである。わが国の砂地農業の発展のためばかりでなく、日本の、そして世界の農業のためにも関係者の一層のご健闘を祈る次第である。
     本稿をまとめるにあたって、砂丘学会誌やその関連資料のいくつかを参考にした。また、わが国のこの分野における土壌肥料学的研究では多くの研究蓄積を有する鳥取大学農学部の長井、山内、藤山各教授や松本教授(現東京大学、日本土壌肥料学会長)らの文献を参考にさせていただいた。特に山内、藤山両教授から多くのご教示をいただいた。記して心からの謝意を表する次第である。

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藤山英保・
大垣早苗:
砂丘圃場における作物の栽植密度反応について、鳥取大砂丘研報、19,43−50(1980)
長井武雄:
砂丘畑における地力低下と肥培管理の問題点、砂丘研究、28,91−96(1981)
長井武雄・
藤山英保・
柴原寿男:
砂丘土壌の養分供給力について、砂丘研究、28,1−7(1981)
長岡俊徳・
宮崎真理・
吉田知史・
田中宥司・
河野憲治・
安藤忠男:
コンポスト中の微生物のトマト疫病菌に対する抗菌作用、日本土壌肥料学会講演要旨集、44,52(1998)
成川 昇:
千葉県砂土地帯におけるキュウリ、トマト、メロン、ラッキョウの生育障害について、砂丘研究、35,132−134(1988)
藤井信一郎:
砂丘地農業の土壌保全と肥培管理、日砂丘誌、44,49−55(1997)
藤山英保・
三谷達夫・
長井武雄:
砂丘土壌での三要素の移動と作物に及ぼす灌水量の影響、土肥誌、54,512−518(1983)
藤山英保・
林輝泰・
長井武雄:
砂丘土壌におけるカリウムの動態について、鳥大農研報、37,15−19(1985a)
藤山英保・
長井武雄:
砂丘地における主要農作物の肥料消費の実態調査 T.ながいもについて、鳥大農研報、37,20−25(1985b)
藤山英保・
長井武雄:
砂丘地における主要農作物の肥料消費の実態調査 U.ラッキョウについて、鳥大農研報、40,1−5(1987)
松本 聰:
砂丘地の理化学性と動植物 −化学性−、砂丘研究、30,52−57(1983)
松本 聰:
砂丘土壌における有機物施用の意義、日本砂丘学会誌、40,77−80(1993)
山内益夫:
砂丘土壌における作物栽培に関する土壌肥料学的研究(第6報)、土壌中のイオンの動態、土肥誌、45,529−535(1974)
山内益夫・
M.ベンソン ロサス:
ゲレロ・ネグロの砂地における野菜栽培に対する施肥法に関する一考察、砂丘研究、38,21−26(1991)
山内益夫:
ゲレロ・ネグロ砂地での野菜栽培の現状と技術的諸問題、砂丘研究、38,78−103(1991)
脇坂律雄:
砂丘地農業の問題点、砂丘研究、26,1−7(1980)
渡辺信利:
砂丘地の地力保全と特産作物の生産技術 −砂丘地の適作物と土壌環境−、砂丘研究、28,97−101(1981)

平成10年7月22日開催「日本学術会議第17期第1回地域農学研究連絡委員会講演会」テキストより転載