1)気象からみた砂地農業

北海道大学大学院・農学研究科 堀口 郁夫


  1. はじめに
     一般土壌地と性質が異なっている砂地は、その特質に影響されて独特の気象を示す。特に、作物が生育する生物圏は地表面に接した部分で、砂地の性質の影響が直接現れる部分である。この地表面の性質の影響が直接現れる部分の気象を、気象学的には微気象と呼んでいる。しかし、砂地の性質の影響はその面積が広くなると微気象ばかりでなく地域気象や局地気象にも現れてくる。さらに、永い年月に亘って気象が異なれば、気候(長期間の平均的気象)も異なり、それに伴って生物の様相が異なり、一種独特の自然環境が形成される。
     気象に影響する砂地の特質の第1は、砂の保水力が少なく表面が極端に乾燥していることである。この表面の乾燥が太陽エネルギーの配分に影響し、砂地の独特の気象を形成する。さらに、砂の物理的性質も砂地の気象に影響する。そのためこの砂地で砂地以外に生育している作物を栽培するためには、その作物に適合するように気象の改良や調節を行う必要がある。現在、日本の砂地で栽培されている作物は、多くが他から導入されたもので、何らかの気象的な改良が必要な場合が多い。そのため砂地農業の発展は気象的な改良との闘いであったと言える。

  2. 気象を支配するエネルギーの配分
     気象を支配する源は太陽エネルギーで、これに影響を与える要素が地表面の状態、緯度、地形、位置などである。また、気象は周囲からの影響も受けるため、同一の地表面状態の面積が広いほど、周囲からの影響が少なく直接的にその特徴を示す。さらに、微気象や地域気象は周囲からの影響も少なく、対照とする場所の地表面状態に大きく支配される。すなわち、気象の特徴は対照とする場所の平面的な広さや高さによって異なる。
     砂地の気象も対照とする高さや砂地の面積の大きさによって、周囲からの影響程度が異なり、砂地気象の特性が変化する。接地気象(微気象)は最も砂地の性質の影響が現れる場所で、しかも多くの生物はこの微気象の範囲に生育している。また、砂地面積の広くなった砂漠では独特の砂漠気象を示し、人為的に気象などの環境を改善しなければ作物の栽培は不可能である。
     太陽エネルギーの配分は「熱収支」と言われ、図―1に示すようになる。すなわち、地表面上に到達した太陽エネルギー(光エネルギーー日射量)は地表面にあたって、反射などを差し引いた残りが(純放射)はじめて熱エネルギーに変換され、地表面温度を構成する。この地表面温度(地表面エネルギー)から気象を構成する3つの要素に配分される。それは地温、気温、湿度(水蒸気)で、それぞれのエネルギー量は地中伝熱量、顕熱伝達量、潜熱伝達量と言われる。すなわち、地表面エネルギーは地中に伝達され地温を形成する。伝達される深さは普通土壌で約7〜15m程度であるが、砂地ではこれより浅いと考えられる。これは一般土壌と砂との熱伝導率の違いによる。一方、地表面エネルギーは接地の空気を暖め、接地気温を構成する。この接地空気は上方に伝達され、作物の生活圏の気温を形成する。さらに、地表面エネルギーは地表面上にある水分の蒸気に使用され、接地空気中の水蒸気になり、接地湿度を形成する。これも接地空気とともに上方に伝達され作物生活圏の湿度を形成する。
     一般的に地中に伝達される量は、他の2つの伝達量に比較して少なく、多くのエネルギーは気温と湿度の形成に使用される。この気温と湿度に使用されるエネルギーの割合は地表面上の水分の多寡に支配されるため、その土地の乾燥度を表す指標としても用いられ、この比をボーエン比と言う。砂漠においてはボーエン比は10にも達するが、畑地や水田では0.1〜0.6程度である。すなわち、砂漠地方では地表面の水分が少ないため、ほとんどのエネルギーが顕熱伝達(空気の加温)に使用される。これに対して、畑地や水田ではほとんどが潜熱伝達(水分の蒸発)に使用される。さらに、この配分に影響する因子は地表面の物理的性質である。

  3. 気象に影響する砂地の物理的特性
     気象に大きく影響する砂地の性質は、表面における砂層の水分含量である。砂地の表面は極端に水分含量が少なく乾燥している。日本の砂丘地において、表面から6cm程度まで含水比が約0.3%と極端に水分の少ない乾砂層が発達していることが報告されている(図−2参照)。そのため、砂地表面に達した太陽エネルギーはほとんどが顕熱(空気の加温)に使用される。  
     また、表−1に示す砂の物理量も気象に影響する。すなわち、反射率(アルベド)(%)、放射率、容積熱容量、熱伝導率(または、温度伝導率)などである。地表面に達した日射の一部は反射し、他の部分は表面に吸収されて熱エネルギーに変換する。地表面の反射率の大きさが表面に吸収される熱エネルギーに影響する。一日の平均的な反射率をアルベドと言い、砂地では一般の植壌土などに比較して大きな値である。したがって、砂地において地表面で利用される太陽エネルギーは一般土壌地に比較して少ない。
     放射率と容積熱容量は主として夜間の地表面温度に影響する物理量である。放射率は砂や土壌に含まれる鉱物質と水分に影響されるが、多くの鉱物質では0.97〜0.98程度で、水分も0.97〜0.98であるから砂地と一般土壌地の差は小さい。したがって、夜間の地表面温度は容積熱容量に影響される。容積熱容量が大きいと土壌に含まれる熱量が多いため、夜間の温度は低下しにくい。水の熱容量は最も大きく1.0で、土壌の鉱物質は0.2程度である。したがって、土壌に含まれる水分量に影響され、乾燥している砂地では小さな値を示し、水分を含んでいる一般土壌では大きな値を示す。そのため、砂地では夜間の地表面温度と接地気温は一般土壌地に比較して低くなる。 熱伝導率は地中の温度に影響を及ぼす。乾燥した砂地では熱伝導率が小さいため地中深く熱が伝導されないが、一般土壌地では深くまで熱が伝導される。そのため日変化及び年変化の深さ(不易層)が深い。

  4. 砂地の気象特性
     砂地の物理的性質に影響されて、砂地の微気象環境が形成される。さらに地域的な気象や平均的な気象(気候)は、砂地の広がりや地形、地理上の位置などに影響されて形成される。砂地が広大になれば、他の地域からの影響が相対的に小さくなり、砂地の特徴が大きく現れる。
     砂地の微気象は表面の乾燥、高い反射率、小さな熱容量などの影響を受け、一般土壌地の気温と比較して、日中高温、夜間低温で、日較差や年較差の大きい微気象になる。図−3は砂地の気温分布である。日中地表面近くの気温は60℃にもなっている。夜間になると20℃近くまで低下し、日較差は40℃近い。図−3においては40℃以上の高温は接地層のみであるが、風速が弱い場合や砂地面積が広い場合は、日中の高温域より高い所まで及ぶ。したがって、砂漠や砂地の生物は高い反射率も影響して、日中極端な高温、夜間は極端な低温の中で生存することになる。この高温は蒸発散に使用されるエネルギー量(潜熱伝達量)が少なく、空気の加温に使用されるエネルギー量(顕熱伝達量)が多いためで、したがって空気中の湿度も低いことになる。図−4は鳥取砂丘地と鳥取地方気象台の湿度の比較である。約10%以上も砂丘地の湿度が低く、この傾向は夏に大きい。
     さらに、地温は表面の高温と伝熱量の少ないことにより、地中温度が低い。すなわち、表層は非常な高温であるが、乾砂層が断熱層になり地中への伝熱量が少ない。
     さらに、砂地の特徴として、地覆物がないため風速が強いことが上げられる。そのため飛砂が発生する。また、砂地面積が広大になると、蒸発散量が少ないため降水量の減少とそれに伴う年間の日射量の増大が上げられる。これらが相まって砂地気象や気候を形成する。しかし、砂地面積の増大による降水量の減少や日射量の増大は、地域的な対流が発生するほど砂地の面積が大きくならなければならない。したがって、日本のような規模の砂丘地では降水量の減少や日射量の増大は期待できない。
     低い湿度と強い風速のため砂地は蒸発散が多い。そのため作物は一般土壌地に比較して水分を多く必要とする。乾燥地や砂漠などで蒸発散が多くなる現象をオアシス効果と言う。

  5. 砂地農業のための気象調節
     砂地の気象は生物が生息するためには厳しい環境であり、ここで農業を行うためには、作物が生育出来るように気象の改良や調節をする必要がある。気象の改良や調節において、基本的には砂地表面の乾燥を改良することである。その他に風速や飛砂の改良法も考えられる。気象の改良や調節には表−2の様なことが考えられる。
     表面の乾燥防止にはマルチによる蒸発抑制や灌漑による水分補給が最も一般的に行われている。マルチの場合は表面温度がより低下するため黒色ビニルマルチやわらマルチなどの方法が有効である。図−5は裸地、透明ビニルマルチ、黒色ビニルマルチの地温分布を示す。
     灌漑は砂地栽培で行われている最も一般的な表面乾燥防止法で作物の水分補給の効果もある。しかし、砂地は水分の浸透性がよいため水の消費量が多く、そのため砂漠では地中にビニル製品で水分の遮断層を作製しているところもある。さらに、表面の乾燥防止には畑以外の場所は樹木などの植生を植えて日陰や減風などの効果で乾燥防止をはかることが考えられる。
     また、砂地は表面がなめらかで粗度が小さいため、一般に風速が大きくそのため表面の乾燥とともに砂の移動が起きる。砂の移動は乾燥している砂地で含水比が0.6%以下の時、風速が5〜6m/sec以上になると指数的に飛砂量が多くなる。これの防止のため防風林や防風施設などの対策が必要である。

  6. あとがき
     作物の生育は気象に大きく依存している。一般土壌地に適している作物を砂地に同じように栽培する場合、その特異な気象のため何らかの気象の改良や調節を必要とする。しかし、最近の農産物の自由化に対処するためには、気象の改良や調節に多くの費用を支出できない。そのため砂地の気象的特徴を利用した栽培法や作物の選択が必要である。そのためにも砂地の気象を良く理解する必要がある。

参考文献
1) 池田 茂、1955:砂丘気象の研究(第4報)砂丘傾斜面の土壌水分と気象との関係、砂丘研究、2−2、11−21.
2) 池田 茂、1956:鳥取砂丘地に於ける気象要素の二三について、砂丘研究、3−2、57−59.
3) 池田 茂、1958:砂丘気象の研究(第6報)砂丘地に於ける風速と飛砂量との関係、砂丘研究、5−1、1−15.
4) 神近牧男、松田昭美、1976:鳥取砂丘の気候に関する研究、砂丘研究、23−2、56−61.
5) 神近牧男、その他、1980:マルチによる砂丘地の地温調節について、砂丘研究、27−2、57−63.
6) 神近牧男、1988:砂丘地の土壌環境とマルチによる地温制御に関する研究(鳥取大学農学部附属砂丘利用研究施設).
7) 神近牧男、1998:鳥取の気象と砂丘、鳥取地学会誌、2、65−72.
8) 佐藤一郎、1961:砂丘地の地温の研究−第1報春先の砂丘畑普通畑の地温の比較、砂丘研究、8−2、3−15.
9) 松田昭美、その他、1970:鳥取砂丘の気候特性(1)、砂丘研究、17−1、49−52.
10) 松田昭美、1970:砂丘地の微気象特性、砂丘研究、17−1、53−57.
11) 松田昭美、1982:微気象、砂丘研究、30−1、57−62.
12) 堀口郁夫、その他、1992:新版農業気象、文永堂出版.
13) 中川行夫、1959:砂丘地の微気象特性、農業気象、15−3、15−19.
14) 鳥取大学農学部附属砂丘利用研究施設編、1990:砂丘の微気象.

平成10年7月22日開催「日本学術会議第17期第1回地域農学研究連絡委員会講演会」テキストより転載