沙漠の植物

鳥取大学農学部 山 本 福 壽

  1. はじめに
     「沙漠緑化は可能ですか?」という質問をしばしば受けることがある。沙漠とは、降雨の少ない乾燥地を指す用語であるが、一般的な理解は漠然としており、砂や岩石のみの不毛地帯であれば、すべて沙漠と呼んでしまう場合が多い。特に植物の分布や生活様式などを生態的に理解しようとする際には、その地域の水の動態を中心とした環境条件の正確な把握が不可欠である。一般に沙漠が形成される乾燥地は、降水量の多寡によって極乾燥地(降水量100mm/年以下)、乾燥地(100〜300mm/年)、半乾燥地(300〜500mm/年)に区分されている。ここでのテーマである沙漠の植物とは、このような乾燥地に分布する植物のことであり、水の少ない地域にどのように植物が分布し、どのような生活を営んでいるかの解説が、この講座の中心的な課題である。また、地球環境問題の一つである沙漠化の問題や、沙漠緑化は果たして可能か、についての答えも、植物の解説を進めて行く中で述べるつもりである。

  2. 乾燥地と植生
     極乾燥地は、例えばサウジアラビアのブアルカリ沙漠のように、オアシスを除いては農業などの生産活動はほとんど不可能である。乾燥地ではわずかな植生に依存した遊牧が可能となり、半乾燥地では牧畜や天水依存型の農業を営むことができる。ただし極乾燥地であっても、良質の水と灌漑設備があれば農業や植物の植栽は可能であろう。しかし農業もふくめて、灌漑によって植物を育てるのは厳密にいえば緑化ではない。緑化には、通常、その地域の降雨条件と潜在的に成立が可能な自然植生をまず考慮しなければならない。なぜなら、灌漑によってしか維持し続けることができる恒久的な緑地に発展することはないからである。「金の切れ目は縁の切れ目」なのだ。
     以下は、熱帯や亜熱帯において、乾燥地から湿潤地までの植生を示したものである。
    1)短命草本植物:乾燥地に分布し、一定の降雨が集中した時に短期間に発芽、成長、開花結実する。無降雨期間は種子で長期休眠。
    2)矮小低木:乾燥地から半乾燥地にかけて分布する木本の低木。地上部は小型だが地中深く根系を展開する。マメ科が多い。
    3)トゲ低木林:半乾燥地に広く分布。樹高は最大で5m程度のトゲを持つ木本植物。多数のトゲは動物による食害を防ぐ機能を持つと考えられている。また多肉植物はアメリカ大陸のサボテンなどが代表例。
    4)サバナ:雨期と乾期が明らかで雨量が500mm以上になると、比較的大型の樹木が散在した状態で現れるが、林冠は閉鎖しない。下層植生は禾本科の草原となる。
    5)森林:雨量が900mを越えると林冠の閉鎖した森林が出現。


  3. 乾燥地に生育する植物の特性
     乾燥地は土壌が常時乾燥した状態にあり、そこに分布する植物は常に強い水分欠乏ストレスにさらされている。このような環境では、植物は水欠乏が致死的な傷害をもたらさぬようにさまざまに工夫をこらして生活している。ストレスに対する植物の抵抗性はおおむね、以下のように区別して考えることができる。
    (1)ストレス回避:(a)短命植物のように降雨後の土壌の水分条件が良い間に一生を終える。(b)地中深く根を展開して、地上部が乾燥状態にあっても生育に十分な水を確保する。(c)サボテンのように葉をなくして表面積を減らし、水を蓄えて乾燥ストレスを受けないようにする。
    (2)ひずみ回避:細胞液内の糖、アミノ酸、塩類などの濃度を上げて浸透圧を高め、乾燥にさらされても細胞が傷害を受けないようにする。
      ここでストレス回避型の典型であるマメ科アカシア属の樹木の生活ぶりを見てみよう。この属は半乾燥地からサバナにかけて世界的に広く分布しており、アラビア半島のワジと呼ばれる涸れ川沿いにはせいぜい樹高は5m程度で、枝をテーブルのように横に張り出した形のものが見受けられる。これらの種子は一般に長期間の休眠が可能であり、極めて堅く水を通しにくい種皮をもつ。さらに根は地中深く入り込んでおり、地中数十メートルまで根を展開しているものもある。ところがこの樹種を十分潅水して育てると、樹高は15mを越える大木に育つものが多い。これらの現象は、アカシアが遺伝的にテーブル状の樹形を持っているのではなく、水欠乏によって樹形が規制されていることを示している。


  4. 沙漠化
     世界の乾燥地の面積は4,600万km2にも及んでおり、世界の陸地の31%を占めている。そのうち3,500万km2以上の陸地が沙漠化の危険にさらされている。沙漠化は、人工が爆発的に増加している発展途上国で顕著であり、農地化、燃料としての植物の利用、過密な放牧などによる植生の破壊が沙漠化の大きな原因であることは疑いがない。地面を覆う植物が減少すると、やがて砂が風によって移動しはじめ、植物はますます生存が困難になる。やがてその土地には人間の生活は不可能になり、不毛の沙漠が残るばかりになる。

  5. 乾燥地、半乾燥地の植生と緑化
    (1)中国、内モンゴルの草原
     中国内蒙古自治区の黄河に取り囲まれた台地には、毛烏素沙地と呼ばれる流動砂丘の多い半乾燥地がある。毛烏素の年降水量は360mm程度で、緯度が高い地域の半乾燥地に相当する。一方、毛烏素沙地は地下水位が高く、砂丘間の低地は湿地となり、ガマなどの湿性植物が出現する。この地域は長年の放牧や農業による土地利用のために植被が減少し、多くの流動砂丘が現れ、しかも年々移動を続けている。このような流砂による緑地帯の消失を防ぐために、中国政府は沙柳などの株立ち状のヤナギの列状植栽や、旱柳、新彊楊などの高木性のヤナギやポプラを低密度に植栽している。高密度植栽は逆に沙漠化を引き起こす可能性がある。なぜなら樹木が成長とともに増加する蒸散作用によって多量の地下水を吸い上げてしまうために、やがて地下水位が低下し、かえってすべての植被を枯らしてしまうことになるからである。
     毛烏素沙地では、極相となりうる木本植物である臭柏が分布している。臭柏は日本の海岸に分布するハイビャクシンのような匍匐性の針葉樹で、砂の表面を覆うように成長するために、飛砂の固定には最も有効な樹種である。毛烏素沙地における臭柏の分布域は現在6%程度にすぎないが、この樹種の分布域の人為的な拡大に関する調査研究が日中共同で進められている。
     なお、緑化に用いられる植物もまた、乾燥地に住む人々の利用が可能なものでなければならない。毛烏素で植栽されているヤナギやポプラの幹は建築、牧畜用資材や燃料として重要であり、葉は冬期の家畜飼料として乾燥し貯蔵される。臭柏は常緑であり、幹や根は燃料に、葉は家畜の飼料として重要である。
     乾燥地では、緑の更新や成長が遅いことから、動物による植生の破壊が大きな問題である。特にヒツジは、根こそぎ植物を刈り取ってしまうために、放牧の羊飼いたちは常に群れを追い立てて一定の場所にとどまらないようにする。人工が増加してヒツジの飼育する頭数が増えると、植被は短期間に消滅する。またヒツジにとって有毒な植物のみが増加していき、一見して緑の草原も実は不毛の緑野となっているところが多い。
    (2)シリア、分明と緑の衰退
      シリアは文明の発祥地であり、世界で最も古くから発展してきた地域である。7,000年の歴史を持つといわれるダマスカスや、アレッポ、パルミラなどの遺跡をみると、上古には豊かな緑が存在したことを物語るものである。アレッポから東に向かい、ユーフラテス川を越えると、乾燥したアブドルアジズ山が見えてくる。ここはかつては豊かなピスタチオの天然林が存在したのだが、今では老木が点在する程度となってしまった。ここでも過度の伐採とヒツジの放牧が、植被を消滅させていったものである。シリアは国策で乾燥地にアレッポマツやピスタチオの造林を行っているが、植栽後、間伐などは行わないので、成長とともに地下水位が低下し、次々に枯死し始めている造林地もある。
    (3)アラブ首長国連邦(UAE)、原油がもたらす緑
     UAEでは、点滴潅漑システムを取り入れた大規模な国土緑化がこの20年間にわたって行われている。現在ではおよそ200,000haの緑化が達成されており、主にマメ科の樹種が植栽されている。植栽には通常、ポットやポリエチレン袋で育苗した苗木が利用される。
     アブダビやドバイなどの大都市の飲料水や工業用水としては、海水の脱塩処理水が用いられている。内陸地域の飲料水や農業用水はもっぱら地下水に頼っている。主要都市の緑化には脱塩水由来の生活排水が農業や緑化のための潅漑用水として用いられている。農業では地下水は塩濃度が0.3%までなら葉菜類や果菜類の栽培が、また0.5%までならある種の野菜や飼料作物の栽培が可能である。ナツメヤシはかなり耐塩性があり、塩濃度1%でも生育する。一方、緑化には1.5%から2%の塩水が潅漑に利用されている所もある。たとえば、塩濃度0.5%程度の潅漑用水であればアカシア、ナツメなどが植栽されるが、1%以上ではもっぱらナツメヤシやサルバドラが植栽対象となる。
     オアシスに人工林があった。この試験地の目的は砂漠に「緑」を作ることにあり、ナツメヤシの実を収穫するほかは経済的な利用目的はない。潅水に利用している地下水位は平均25-30mで安定しており、塩は10,000ppm程度含まれているようだ。潅水は植栽木1本あたり毎日平均45.5リットル行われている。アブダビ市内の緑化樹の管理に使われる費用は、年間200万円/木もするとの話もある。国全体では、国家収入の1%が緑化に使われており、原油で緑を維持している状態である。ちなみにガソリンは1リットル当たり32円(1992年現在)だが、飲料水は48円かかる。


  6. サウジアラビアに森林が?
     サウジアラビアのイメージはまさに沙漠の国、石油が湧き出る不毛の大地、であろう。しかしながらアラビア半島南西部の紅海沿いの地域に目を向けると、南部のイエメンからアカバにかけては連続した2,000〜3,000m級の山脈が縦断している。これらの山塊は多くの深い渓谷を形成しており、2,000mを境にヒノキ科ビャクシン属の樹木が標高に沿って帯状に分布し、森林を形成している。この森林には野生のオリーブ、マメ科アカシア属、ムクロジ科ハウチワノキ属、エノキ属などの樹木が現れる。この地域での降雨量は年平均200mmを越える程度であり、森林が発達するほどの条件とはいえない。それではなぜここに森林が出現するのであろうか?
     ビャクシンの森林では多くの個体に先枯れ現象を示しており、林床は禾本科の植物が多いが土壌はかなり乾いている。厳密にはサバナともいえるものであり、植物は強い水ストレス環境で生育していることが推測される。一方、樹冠からはサルオガセ属の着生植物が数多く下がっているのを見ることができる。このコケは空中湿度の高いところで発達するものである。急斜面となったビャクシン林では、午後、紅海からの気流が上昇するに従って斜面上部で雲が発生し、夕方にはビャクシンの森林を完全に包んでしまうことが観察された。つまり、雲の発生による空中湿度の上昇が、ビャクシンを中心とした樹木に水を供給し、雨量が少ないにも関わらず森林を発達させたのである。
     森林を過ぎて、急坂を下って行くと、高木性の木本植物は消えて行き、やがて植物種の極度に少ない沙漠状態の斜面に至る。これにより、雲の発生によって高い空中湿度が維持されているのは急斜面のほとんど頂上に近い付近のみであり、ビャクシンの分布域もそのあたりに限定されていることがわかった。また谷底では地下水位が高いために様々な高木性の木本植物が再び出現する。しかしビャクシンは全く認められない。このことからビャクシンの分布には冷涼な気温と空中湿度の高さが大いに関与しているようである。
     山腹には多くの段々畑が開墾されていた。畑にはコブシ大の石が敷きつめられ、土壌の水分保持量を増加させる工夫がなされているようであった。この畑周辺には南米由来のウチワサボテンの一種オプンティア属が栽培されていた。この植物は甘い果実を着けることから、野生のマントヒヒによって種子が散布され、ビャクシン林内にも広く侵入し始めている。このようなウチワサボテンによる生態系の撹乱はオーストラリア、南アフリカ、ハワイなどの乾燥地でも大きな問題となっている。


  7. 乾燥地の海に森林をつくろう!
     アラビア湾内の海中には、不思議な森林が広がっている。この森林の正体は、海水中でも平気で生きていける樹木、マングローブである。マングローブは熱帯、亜熱帯の遠浅な潮間帯に生育する耐塩性の常緑樹、あるいはその群落の総称であり、わが国には沖縄の南西諸島を中心に8科10種が分布している。分布の限界は月平均気温16℃の等温線とほぼ一致しており、その群落は新世界と旧世界に大別できる。特殊な生息環境に適応するために特異な生理・生態的特性を持ち、微妙な生態的バランスの上に成立している生態系であり、一旦破壊されると復元が困難なシステムであるといえる。
     アラビア半島は紅海とアラビア湾に面しており、2つの湾には2種類のマングローブ(ヒルギダマシ、ヤエヤマヒルギ)が分布する。この樹種の生育可能な地域は遠浅の潮間帯で、しかも強い波や海流は若木の定着を妨げるので、自生地は砂州で囲まれた入り江の中などに限られている。耐塩植物ではあっても海水の塩分濃度には敏感である。カタールの西海岸中南部(サルワ湾)のように海水の塩分濃度が高いと(6%)生育できない。アラビア湾沿岸は紅海側と較べて塩分濃度が高いためにヒルギダマシだけが分布している。ヒルギダマシは塩水をそのまま吸い上げて、葉から塩を排出する。これに対し、ヤエヤマヒルギは根で海水をろ過して吸水する。アラビア湾周辺には競争種のヤエヤマヒルギが分布していないために、ヒルギダマシが純林を形成している。葉はラクダの飼料となるほか、さまざまな使い道があるが、産油国では飼料以外にはほとんど使われていない。
     ヒルギダマシの自生林はカタールの東海岸からUAEのトルシアル海岸に沿って点状に分布している。いずれの自生地においてもラクダの食害の影響は深刻で、アルコールでは1989年の春から秋にかけて約100頭のラクダが約3.5haのマングローブ林に侵入し、葉と小枝を大量に摂食した。その結果、ほとんどの個体は丸裸となり、樹形の変わってしまったものもある。
     そうした自生林で樹高と地際直径の測定を行った結果、最大で直径70cm、樹高12mの個体を観察している。ちなみに西表島のヒルギダマシは約3mが樹高の上限であり、タイ国では15m以上に成長している。これらの個体の大きさは、調査の結果、海水の濃度が増加するにつれて樹高が低下しており、濃度5%を越えるラグーンの中心では、樹高が30cm程度の矮化した個体が現れる。ちなみに日本海岸の海水の塩分濃度は2.8%程度である。
     アラビア湾に立って陸地をみると、不毛の沙漠が広がっている。目を転じて海上をみると、マングローブの森林で覆われた青々としたラグーンがそこかしこにみることができる。マングローブを用いた海浜、ラグーンの緑化は、潅漑装置やエネルギーのいらない理想的な緑化である。さらにマングローブ林は魚のゆりかごであり、アラビア湾の豊かな水産資源の源となっているのである。(終わり)


平成9年10月25日(土)開催「市民公開講座」テキストより転載