果樹・作物栽培にみる乾燥地農業の知恵
 

鳥取大学農学部 山田 智


 乾燥地では農業に限らずあらゆる産業にとって水の少ないことが第一の問題になるでしょう。農業に絞って考えますと、まずは@水不足、A降水量より地表面からの蒸発散量が多いことにより土壌中の塩分が地表に集積してしまう塩類化土壌、Bひとたび雨が降ると豪雨になってしまい農地の土壌が流されてしまう表土流出、C強風による風害、などが問題となります。今回は主に@の水不足とAの塩類化土壌に対して人々がどのような工夫を凝らして乾燥地という過酷な自然条件の中で農業を成立させているかを紹介したいと思います。また一言で乾燥地農業といっても世界には様々な乾燥地があり、農業の工夫もその土地でいろいろです。今回は私が1998年と1999年の夏に文部省の仕事で中国に行った時に実際自分の目で見た乾燥地農業に注がれた知恵を中心にお話をしていくことにしましょ
う。
  1. 乾燥地農業の知恵
    小石(グラベル)マルチ栽培;写真1を見てください。これは桃の木ですが地面には5〜10cm程の小石が敷き詰められています。場所は蘭州と言うところで年間降水量は330o程で鳥取の5分の1から6分の1くらいです。なぜこのように小石を敷き詰めるのでしょう。これは土壌中の水分が地表面から蒸発するのを防ぐ工夫です。土壌が大気中に露出していると土壌中に保持されたわずかな降雨や地下水は、日中の暑くて乾燥した大気中にあっという間に吸い込まれてしまいます。ところがこの小石があると土壌中の水分が砂利にくっつき蒸発する事を防いでくれるのです。この農法の利点は他にもあります。この小石により突風が吹いても表土は吹き飛ばされなくて済むのです。また、太陽光により石は土壌より早く温度が上がりますので春先には生育が促進されることにもなります。

    深播栽培;中国黄土高原の半乾燥地において農民はムギ類を10cm以上も深播します。ちなみに日本ではムギ類は数センチの深さに播くのが普通であり、あまり深播すると発芽しなくなります。ではなぜこのように深播するのでしょう。年間降水量は400〜500mmでありその約3分の2は7〜8月に降ってしまい、春播性ムギ類の作期である3〜7月にはほとんど雨は降りません。従ってこの時期に播かれた種子は前年に降って土壌中に保持された水分を利用しなくてはなりません。浅播すると地表近くは乾ききっているので発芽に必要な水分を確保できませんので深播するのです。このような地域で栽培されているムギ類は深播をしてもちゃんと地表面から芽を出すことができる品種なのです。
     
    伏流水を利用した栽培;中国とモンゴルとの国境に位置するイーシャン(陰山)山脈の南側は広大な草原ですがここでもトウモロコシなどの栽培を見ることができます。年間降水量は200o程度です。このような地域ではどのようにして水を供給しているのでしょう。写真2を見てください。これは包頭を中心に黄河沿いに東西に点在する井戸の一つです。水は遠くイーシャン山脈の雪解け水が伏流水となったものです。

    頭木(とうぼく)作業;写真3を見てください。これは果樹や作物栽培のとは直接は関係しませんが、防風や防砂のために利用される柳の木です。しかしよく見ますと地面から2メートルくらいの高さで枝分かれがたくさんあることにお気づきでしょうか。これは柳が若いうちにわざと幹を切断してしまう「頭木」をおこなった結果であります。普通に柳を植えれば幹はもっと高くなりますが、乾燥地では土壌中の水分が少ないために高い幹のてっぺんまで水を吸い上げることができないのです。しかし頭木作業を行うと写真のように全体的には背の低いずんぐりとした柳になりますが、幹の低い部分からたくさんの枝が分かれてたくさん葉を茂らせることができるのです。

    混壁で囲った畑;写真4を見てください。ここは蘭州郊外の丘陵地の美しい田園でみた泥壁です。年間降水量は300mm程度ですが丘陵地ですのでひとたび大雨が降りますとたちまち土壌が流出してしまうのも乾燥地農業の悩みです。この地域の土壌は黄土といって水を含ませて固めるとカチカチに堅くなります。これを利用して畑を囲い土壌の流出を防いでいるのです。

    乾燥地農業の農具;黄河沿いの乾燥地域全体に見られる農具で轆軸(ろくじく)と言う農具があります。これは楼(ろう)という播種器の後方に付ける農具で播種された土壌を堅く固めるローラーのようなものです。植え付けたままの柔らかい土壌表面だと日中の暖かくて乾燥した空気により発芽に必要な土壌水分が蒸発してしまいます。しかし堅く固めることにより蒸発は少なくなり、夜露がその固められた地表面に結露するそうです。さらにこれは冬の強風による土壌損失防止にも一役買っているそうです。

    豊産坑(ほうさんこう);黄河沿いの乾燥地域全体でみられる農法の一つです。種子を植え付ける前に数十センチほどの円形の穴を畑に掘ります。この中に堆肥と混ぜるように種子を入れて地表面が数センチほど盛り上がるようにドーム状に覆土し強く堅めます。強く固めた地表面により種子周辺に土壌水分が凝集し堆肥の肥効も助けて発芽も生長も良好だそうです。この穴を「豊富に作物を産する穴」と言う意味で豊産坑といいます。

    圧藤(あっとう);黄河沿いの乾燥地域全体でみられる農法の一つです。スイカやカボチャを栽培する時に茎が地表を匍匐します。この茎を土壌で被覆してしまうのです。こうすることにより地中に埋められた茎から発根し養水分吸収がより多くなるそうです。

    鋤地(てっち);黄河沿いの乾燥地域全体でみられる農法の一つです。ジャガイモやそれ以外の作物を栽培するとき、まだ作物が地上部最大期に達する前に畝を鋤で耕します。これは根圏を拡大させるための培土ではありません。鋤地は本来除草のために行うのですが鋤地により攪乱された土壌から蒸発する水分は草冠(地上部の葉の茂み)にとらえられて利用されるのです。

    水平溝整地;黄河沿いの乾燥地域全体でみられます。丘陵地に段々畑を作るのはご存じでしょう。水平溝整地とは等高線に沿って溝を掘った段々畑です。この溝で、ひとたびの大雨によって上の畑から流されてくる土砂をくい止めるのです。流されてきた土砂は上の畑の表土ですので養分が豊富に含まれています。この表土を流出させずに利用する工夫が水平溝整地です。

    畝(うね)間栽培;写真5を見てください。これは年間降水量が400o程度の包頭(ぱおとう)のある農家のピーマン畑です。一見普通のピーマン畑にみえるかもしれません。ところがここにも特有の知恵を見ることができるのです。降雨の少ない地域は潅漑をして不足した水を補うわけですが、潅漑のしすぎで地下水面が地表面に近くなると土壌中の塩分や肥料分が土壌表面に集まり土壌が塩類化します。そうなると作物は塩に負けてしまい死んでしまいます。ここのピーマン畑は全体にビニールマルチをした畝の高いところではなく低いところ(畝間)にピーマンを植え付けているのです。ビニールマルチは水分の蒸発を防ぐためです。土壌中の塩分は土壌水分の上方向の移動に伴って畝の高いところに集まりますので、畝間は比較的塩分が少なくなるわけです。畝間栽培はこのようにして塩類化土壌で作物を栽培するすばらしい知恵です。

    排塩渠(はいえんきょ);写真6を見てください。これは西安郊外の渭南(いなん)市の農地でみた排塩渠というものです。この地域の降水量は年間800oといわれ乾燥地あるとはいえないでしょう。しかし乾燥地でしばしば問題となる塩類化土壌問題に対する知恵をみることができましたので紹介します。先ほども記述しましたとおり土壌中の塩類や肥料が土壌表面に集積しますと作物は死んでしまいます。これを防ぐひとつの方法は大量の水で塩分を洗い流すことですがただ地下深に塩分を閉じこめても乾燥した季節にそれは再び地表面に集積してしまいますので、洗い流した塩分を畑より低い位置に掘った排水路に捨てることがベストです。写真の排塩渠の水中の塩分の量を示す一つの指標である電気伝導度ECは9.8mS p-1でした。きれいは川のECは1mS p-1以下であることから、ここの排塩渠にはずいぶんと塩分が含まれていることがおわかりでしょう。
     今まで紹介してきましたのは実際行われている乾燥地農業の知恵でありますが、さらに乾燥地での農業を可能にするために多くの研究がなされています。その研究をいくつか紹介しましょう。

  2. 乾燥地農業の可能性を広げる様々な研究
    ◆コンクリートマルチ;これは先ほどもビニールマルチでふれましたが、土壌水分を蒸発から防ぐためのものです。ビニールよりもより蒸発防止効果があると言われますが、はたして重いコンクリート板を実際の農地で利用できるかなどとの疑問もあります。

    ◆地下水位の調節;潅漑の必要な地域では川や湖などの水の供給源から運河を引いてそこから畑に水を引き込みます。先ほどもふれましたが乾燥にともなう土壌の塩類化を避けるためには土壌中の塩が土壌表層あるいは作物が育つ作土層に集まらなければいいのです。そのために細かい土壌調査を行って潅漑水量と地下水位がどれくらいであれば土壌の塩類化を防ぐことができるかを調査している研究者がいます。これは理論的であり現実性も高いと思います。

    ◆アダプテーション;「適地適作」ということばがあるように作物は自分の持った性質を受け入れてくれる環境でよく育ちます。乾燥地では塩に強い作物(耐塩性作物)や乾燥に強い作物(耐乾性作物)が栽培されたり自生しています。しかし様々な乾燥地でいったいどのような作物が適応しうるのかは部分的にしかわかっておりません。これらの適応性を明らかにすることによりいままで農地として未利用であった地域が農地として生まれ変わるかもしれません。


  3. さいごに
    黄河沿いの乾燥地域全体でみられる農法については鳥取大学大学院の王 登挙さんの助言と資料をもとに記述いたしました。この場をお借りして王さんに厚く御礼申し上げます。

平成12年10月21日(土)開催「市民公開講座」テキストより転載