バハカリフォルニア半島の驚異の植物たち
鳥取大学農学部
山田 智
はじめに
メキシコ本土の北西部に位置し南北1500kmにもおよぶ細長い半島、バハカリフォルニア半島は全体として乾燥した気候帯に属し年間降水量は300mm以下です。このような乾燥地域で生育している植物として最も有名なものはみなさんもよくご存じのサボテンです。実際、バハカリフォルニア半島には多くの種類のサボテンがみられますが、それ以外にも様々な植物を見ることが出来ます。半島のほとんどは乾燥地域ですから広大な砂漠が広がっていますが、山岳地帯や海岸地帯ではそれぞれ特徴的な植物をみるとこが出来ます。地図1にはバハカリフォルニア半島の植生地図を示しました。
今年の3月9日から18日まで私たちがバハカリフォルニア半島を調査旅行したときに出会った植物たちの多くは乾燥や貧栄養、高塩条件といった過酷な自然条件のもとでたくましく生育しています。今日はこれらバハカリフォルニア半島に生育する驚異の植物たちを紹介してみましょう。
サボテン
バハカリフォルニア半島では数多くのサボテンを見ることが出来ます。そのなかで最もよく見かけるものは、カルドン(Pachycereus pringlei)です。カルドンは寿命は200年といわれ、バイオマスは10トンを越えることがあります。年間降水量が50mm以下という過酷な環境条件下において、カルドンはどのような耐乾燥性機構によって必要な水と養分を吸収することが出来るのかは不明な点が多く残されていますが、その理由の一つを紹介してみます。
ふつうの植物は、葉から取り込んだ二酸化炭素(CO2)を材料に太陽光のエネルギーにより糖を合成し気孔から水と酸素を放出します。植物はこの糖を材料に生活に必要なエネルギーを作ったり、体を作ったりしています。しかし、サボテンは気温の高い日中は、葉からの水の放出を抑えるために気孔が閉じており、ガス交換は主に夜間に行われます。夜間に吸収された二酸化炭素は有機酸として蓄えられ(CO2+PEP→リンゴ酸)翌日の昼間にその有機物を材料に糖を合成します。このようにサボテンは乾燥という過酷な条件下では「大切な水を出来るだけ体から逃がさない」という驚異の戦略を持っているのです。
他のサボテンも紹介しましょう。オポンティア(Opuntia subgenus Platyopuntia)というサボテンです。その形からうちわサボテンともいわれますがこのうちわ上の部分は葉ではなく実は茎です。若い時期は柔らかいのですが、老化にしたがって木質化し大きなもので6m程の高さになります。オポンティアの若い茎は炒めて食べるノパリトスという料理が有名ですが他にも酢漬けにしたり、熟した実をフルーツとして生食する方法もあります。
チョーヤ(Opuntia cholla)といるもっともよく見かけるサボテンの1種で1-5mの高さまで生長します。チョーヤは年をとるとともにトゲがなくなります。ごつごつした茎の塊は簡単に離脱させることが出来、それは地面に落ちると簡単に発根します。チョーヤは砂漠の平原や丘に生育しますが山岳地帯には見られません。植物体の丈が低いということとトゲが少ないということから牛などの餌にもなります。
アガベ(Agave deserti)というサボテンです。葉は両サイドがギザギザとしていて先端は尖っています。生後数年でロゼット状の葉の真ん中から花柱が立ち花が咲きます(花柱がアスパラガスににているのでこの時期をアスパラガス・ステージと呼びます)。アガベは1500m位の高さでも見ることができます。花柱がのぴて2-3m程になったとき蒸し焼きにしてケーキとして食べることができます。花が咲くと花柱は堅くなっておいしくなくなります。また、焼いた時にでる炭は書き物をするときの墨としても利用されます。アガベの利用法はまだまだあります。葉からでる繊維はとても丈夫で、バスケットやマットの材料となり、花は蜜が豊富でサラダとして食べることができます。また、アグアミールという飲み物やテキーラの材料にもなります。
塩生植物
次に舞台を海岸に移してみましょう。バハカリフォルニア半島には最高に美しい海岸がいくつもあります。ケソン・ビーチといいます。あまりの美しさについ現実を忘れてしまうほどでした。この海岸にも驚異の植物たちに会うことができました。
まずは、マングローブ(Rhizophoraceae mangle)です。マングローブは根を海水内の砂地にしっかりと降ろした2メートルほどの樹木です。赤マングローブの場合実は2-2.5cmの長さで落下したときに砂地にうまく突き刺る形をしています。葉はつやつやとした深緑色をしています。さて、なぜマングローブは海水の中で生育できるんでしょうか?一般の植物は土壌の塩類(主にNa、Ca、Mg、Cl、SO
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)が高濃度に存在すると水吸収が阻害されたり、塩類を体内に取り込んでしまって生育が阻害されたりします。マングローブの葉をよく見てみましょう。マングローブは葉の縁にある葉脈の出口(水孔といいます)が発達しており、体内に取り込んだ塩類をそこまで持ってきて析出させることが出来るのです。析出した塩はやがて風で吹き飛ばされます。マングローブは「取り込んでしまった塩を葉から捨てる」という戦略で、海水で生育できる驚異の植物なのです。
次にサリコルニア(Salicornia virginica)を紹介します。一年生あるいは多年生草本であるサリコルニアの葉は肉厚のうろこ状で草丈は30cm程で、海岸に生育し、ときには海水から葉を除かせていることもあります。サリコルニアの新芽は漬け物やサラダとして食べることができます。さて、このサリコルニアはなぜ海水で生育できるのでしょうか?その機構はマングローブのもの少し違っています。サリコルニアの葉を噛むと塩辛い味がします。これは明らかに体内に塩類を取り込んでいる証拠です。しかしマングローブのように葉から塩類を吹き出している様子はありません。これは、体内に塩類をため込む能力があるためです。しかし、体のどこにでも塩をため込んでいいわけではありません。例えば光合成の二酸化炭素が固定される葉緑体の中などに塩類が高濃度存在すると酵素活性がさがってうまく二酸化炭素固定出来なくなってしまいます。サリコルニアは「吸収した塩を体内の働きに悪い影響を与えないような場所にため込む」という戦略で高塩条件下でも生育できると考えられます。
奇妙な形の植物シリオ
半島を半分より少し北上したところにあるChapalaという町をすぎた当たりからとても奇妙な植物、シリオ(Idria columnaris)が現れてきました。シリオはひょろひょろとした茎が上の方で数本に枝分かれして、背丈は18mにもなります。その先端には6-8月にクリーム色の花を咲かせます。また茎には無数の分枝が生じ小さな葉をつけます。これら葉の生長はひとたぴ雨降った後の72時間の間に急激に生長し、雨が降らない間は落葉し休眠状態に入り体を樹脂状の樹皮で包み水の消失を防いでいるわけです。つまり、シリオは「水が不足している期間は生長を停止する」という戦略で乾燥条件下でも生育出来るのです。
緑色の木
緑色の木といっても葉の色ではありません。パロ・ベルデ(CercidiumPeninsulare)は幹が緑色をしているマメ科の木本植物です。この樹木は半島固有のもので、3月から6月頃にクリーム色の花をつけますが、冬場は落葉しています。この緑色の樹皮はとても柔らかくフレッシュです。明かではないのですがこの緑色は樹皮で、葉のない冬場は光合成をしているのではないかと思います。
さいごに
この、バハカリフォルニア半島の調査旅行の間に私は何人かの地元の農業生態系に関する研究者たちの研究について話を聞くことができ、そしてとても印象に残ることがありました。それは彼らが自然生態系の保全にすごく力を注いでいることです。サボテンやマングローブ、シリオなどの自然植生を守ろうとしているのです。私はサボテンと聞けば、オポンティアの安定した生産を考え、マングローブやサリコルニアと聞けば新耐塩性植物の作出を考えます。確かに作物の増産は大切ですが、自分たちの国土をまるで自分の家の庭のように守ろうとしている彼らの姿勢について考えさせられました。
平成11年12月16日(木)開催「市民公開講座」テキストより転載