有害な微生物、土壌センチュウ、昆虫類の実態

鳥取大学農学部 河野 強、 中島 廣光

  1. はじめに
     北アメリカ大陸のカリフォルニア半島のバハカリフォルニアには広大な乾燥地が存在し、その気候、風土に合わせた産業が営まれている。農業においては、如何にして乾燥という不利な条件下で継続的に作物生産性を向上させるかが最重要課題として現存する。また、地理的状況から米国への輸出を視野に入れ、作物の品質向上を図る努力も不可欠である。地球環境の保全という観点からは、観光のシンボルともなっている砂漠の植生の保持、土壌劣化による砂漠化の防止および乾燥地の緑化が極めて重要な課題であると考えられる。我々は、有害微生物、センチュウおよび昆虫類の存在を考慮し、如何にして上述の課題を克服するかについて論じる。

  2. 防風林
     バハカリフォルニア地区は時として強風に見まわれる。この強風による農業被害が深刻な問題となっていることから、農作物の育成には防風林が不可欠である。防風林として用いられるものにはマンゴ、マツの一種などがあり、また、マンゴの果実は農作物としても重要である(写真1および2)。マンゴに関しては、根が腐り最終的には樹木全体が枯死するという重篤な病状が蔓延しており、これは有害土壌センチュウに起因すると考えられている(写真3)。しかしながら、原因と目される有害センチュウの同定はおろか、周辺土壌におけるセンチュウ相の調査も行われていないのが現状である。センチュウ類、特に植物寄生性センチュウは乾燥に弱く、また、生育適性温度も限られていることから、果たして、マンゴに対する害はセンチュウに起因するものなのか疑問である。乾燥地特有の有害寄生性センチュウの存在も考えられるが、病原性徴生物の関与も十分に考慮する必要がある。いずれにしても早急な原因解明が望まれる。一方、防風林として用いるマツに関しては、枯死に至る病変は報告されていない。我が国ではマツノザイセンチュウによるマツ枯れ病が問題となっているが、バハカリフォルニア地区ではマツ枯れ病の被害はないとされている。その理由としては、 @マツノザイセンチュウが存在しないこと、 Aマツノザイセンチュウの類に耐性を持っていること、 B植物種の違いによりマツノザイセンチュウが寄生できないこと、 などが考えられる。従って、防風林としてはマツを用いることが得策であると思われる。

  3. サボテン、他の農作物
     乾燥地に適応した数少ない植物種の1つであるサボテンは、バハカリフォルニア地区の貴重な観光資源であり、地域によってその植生が異なる。このサボテンには、根元から白色化し、最悪の場合は全体が枯死する病状が知られているが、この原因については不明のままである(写真4および5)。病原性徴生物もしくは植物寄生性センチュウに起因する病症であれば、周辺のサボテンは槻ね同様の病症を示すはずであるが、この病症を示すサボテンは散在している。また、サボテンは食用にも栽培されているが、昆虫類による被害(いわゆる虫食い)による品質低下が問題になっている。他の農作物に関しても、米国への輸出を指向した無農薬栽培、すなわち、有機農法が一部で営まれている。この場合、病原性徴生物、植物寄生性センチュウ、昆虫類による作物に対する被害および動物寄生性センチュウ(カイチュウの類)の付着が問題となる。対策としては、病原性徴生物、植物寄生性センチュウなどに対して抵抗性を持つ品種の栽培、輪作による病害の軽減などが考えられる。土壌センチュウ相の改善により病原性徴生物の減少(自活性土壌センチュウはフザリウムなどの病原菌を食餌とする)を図ることも可能であろう。また、昆虫類などに対して忌避作用を持つ植物も知られていることから、フィトアレキシンの利用も有効な対策になると考えられる。

  4. 塩田の微生物
     バハカリフォルニア中部のゲレノネグロ地区は遠浅の海に面しており、また、強い照度も相まって広大な塩田を有する。ここで生産される塩は貴重な外貨獲得手段として極めて重要である。この塩田に生息する微生物は塩の生産に一役かっているらしい。すなわち、微生物の増殖によって水が消費されることにより、塩田の乾燥が促進されるものと考えられている。この微生物は、その耐塩性および淡紫色を呈することから、高度好塩菌Halobacteriumであると考えられるが、その実体は明らかにされていない(写真6)。Halobacteriumは生育最適NaCl濃度が4〜5Mであり、光依存性ATP合成能を有することから、まさに塩田は格好の生息地である。応用微生物学的見地から、この微生物を含塩率の高い乾燥地に適用することにより土壌の肥沃化ができないかと考えている。すなわち、光エネルギーの利用により上述のHalobacteriumを増殖させる。それに伴い、他の微生物の生息も可能になると考えられる。いったん微生物フローラが形成されれば、土壌微生物を食餌とする自活性土壌センチュウ(植物寄生性のものに比べて乾燥に強い)により、土壌の肥沃化が期待できる。一般に自活性土壌センチュウはNaClに対して正の走化性を示すことから、比較的高塩濃度耐性であることが予想できる。次いで、マングローブなどに生息する耐塩性の植物を育成できれば、高塩濃度の環境に適合した生態系が構築できるのではないかと考えている。

  5. まとめ
     メキシコバハカリフォルニア地区の乾燥農業地帯では、塩類蓄積・アルカリ化などの土壌劣化が亢進しており、それにともなう土壌微生物および動物相の変動が作物生産性の向上を妨げ、作物に病症をもたらすものと考えられる。しかしながら、現地研究者による詳細な原因究明がなされていないのが現状である。今後は、多方面の専門家との縦続的な研究交流を重ね、原因解明を行うとともに、有効な方策を実施することが望まれる。本研究が、メキシコのみならず世界の乾燥地農業の発展に寄与することを切に望む。

  6. 現在行っている研究といかに結びつけるか
    6−1. 線虫類の休眠現象に関する研究
     線虫類には自活性、寄生性を問わず、広く休眠現象が知られている。これは、生育環境の悪化に伴い一時的に生育を停止し、生育環境の好転とともに生育を再開する現象である。この休眠現象が最も詳細に解析されているのが、自活性土壌線虫Caenorhabditis elegansである。C.elegansでは食餌の枯渇、生育密度の上昇、生育温度の上昇などの環境要因が生育の一時的停止(耐性幼虫形成)を誘導する。
     現在、われわれはC.elegansを生物モデルとして用い、物質を起点とした休眠現象の解明を目指して研究を行っている。C.elegansの休眠はインスリン(哺乳動物の血糖値を調節するペプチドホルモン)に似た分子によって制御されているらしく、その分子機構の解明に注力している。当然のことながら、植物寄生性線虫においても、同様の分子機構で休眠が制御されているものと予想される。
     それでは、如何にして植物寄生性線虫の駆除に結びつけることができるのかが問題となる。現在、植物寄生性線虫の駆除にはエチレンプロミド(有害なハロゲン元素を含んでいる)による土壌の薫蒸が用いられているが、これは環境悪化を伴うため、将来的には禁止されることが予想される。また、強力な殺線虫剤の使用は、残留農薬の問題のみならず、農作物の生育に有益である自活性土壌線虫をも死滅させてしまう。そこで、休眠現象に立脚して植物寄生性線虫の増殖のみを抑制する方策を考案したい。具体的な研究指針については、市民公開講座の場で紹介する。


    6−2. 線虫類において物質の能動輸送を担うタンパクに関する研究
     生物が生育していくための物質を獲得する機構としては、受動輸送と能動輸送に大別することができる。前者は、物質の拡散に依存して生体内に取り込むシステムである。後者は、輸送系を用いて積極的に物質を取り込むシステムであり、能動輸送タンパク(トランスポーター)が重要な役割を果たす。
     現在、われわれは、C.elegansのグルタミン酸トランスポーターに関する研究を行っており、様々な種に由来するグルタミン酸トランスポーターと比較することにより、線虫のグルタミン酸トランスポーターを特異的に阻害する物質の開発を目指している。
     乾燥地に生息する植物寄生性線虫の駆除を考慮する場合、水のトランスポーターに着目することが得策であろう。すなわち、宿主である植物および自活性土壌線虫の水トランスポーターを阻害せず、植物寄生性線虫のものを特異的に阻害することができれば、効率よく植物寄生性線虫の駆除が達成できるのではないかと考えられる。具体的な研究指針については、市民公開講座の場で紹介する。

平成11年12月16日(木)開催「市民公開講座」テキストより転載