農業生産技術の実態

鳥取大学農学部 岩崎 正美

  1. はじめに
     このたび、平成10年度文部省科学研究費補助金(国際学術研究・共同研究、代表者:鳥取大学農学部本名正俊教授「乾燥地における生産向上および砂漠化防止技術開発に関する共同研究」の分担協力者として「バハカリフォルニア半島における農業生産技術の実態」を現地調査する機会を得た。  
     ここでは、1週間のバハカリフォルニア半島での農業生産現場で得た知見を報告する。


  2. 農業生産技術
    1)在来農業と有機野菜生産
     メキシコ合衆国は大都市への人口集中を回避させるため、地方分散化政策を推進し、地域における産業の振興と地域格差の是正をめざしている。特にメキシコ経済開発にとって重要な鉱山資源の多くは、乾燥地域に散在している。このため地方分散化の推進にあたっては乾燥地域に居住する地域住民への生鮮野菜供給が重要な課題となっているという。これに呼応してメキシコ北西部生物学センター(CIBNOR)は有機農産物の生産技術の向上普及に大きな関心を持つていた。実際、現地では有機農産物をアピールしたペパーやトマトなど生鮮野菜の生産努力がなされている。以下に見学した生産現場を含む関連施設の印象を述べる。
    (a)育苗施設:苗作り作業所ではセル苗による育苗が行われているが、労働生産性は低い。建築用ミキサーによる培土の調合を除いては全て人力に依存している。 
    (b)生産圃場:苗生産圃場に隣接した野菜圃場ではトマトとトーモロコシの混植が行われていた。いわゆる典型的な在来農法のひとつであろうと思われる。
     また、見学したミニトマトの圃場は総じて人力に依存した作付け方式で、支柱ひとつにしても自然木をそのまま利用している。また誘因には錦糸のような紐を利用していた。収穫作業項場では、婦女子それも子供を重要な労働力として依存しているように見受け、典型的な開発途上国の労働現場の姿であった。
     圃場は畝開かんがいで節水を配慮した畝間とはなっておらず、かんがい効率がすこぶる低い印象を受けた。
    (c)トマト調製出荷作業場:生果用の完熟トマトを包丁で4つに切断し、火力乾燥して干しトマトを製造していたがコスト的に採算がとれないものと予測された。収穫後の鮮度維持施設の不足、消費地への運搬手段の不備、生産地周辺に消費地をもたないなど種々の要因が考えられるにせよ、人力による乾燥トマトの製造は、非常に効率の悪い生産システムに見えた。トマトケチャップなど加工施設の導入が速急にはかられる必要がある。
     一方、ミニトマトについては、生果用にパッキングハウスで選別とパック詰めを行っていた。雇用対策と思われる過剰な作業員が機能的な連携なしに作業を行っている。コンベアが設備されていないために作業の流れに連続性が見られない。責任者にコンベアの導入を勧めたが経費面で導入できない返答であった。簡単なローラコンベアの自作も可能ではないかと考える。いずれにしても、出荷量に対して著しく労働者が多い印象を受けた。
    (d)機械化の現状:現地圃場では一部歩行用トラクタや、牽引式の薬液タンクを備えた防除機が放置されていた。また、よく使いこなされた畜力利用の培土器があり項在も使用されているものと推測された。農具は典型的な量産タイプの鍛造による鍬で、鍛冶屋による手作りの農具はアスパラガスの収穫農具のみしか見いだせなかった。
    2)大規模機械化農場
     一部の企業化した農家においてアメリカ式農業経営を導入し、アメリカの大資本をもつドールやサンキストの委託生産を行い、現地住民の雇用創出に貢献している気鋭の農業生産企業家も芽生えている。
     アスパラガスを主流とする大規模潅漑農業システムを運営しているほ場の経営者から案内と説明を受けた。主としてメキシコ人の雇用管理面からの、いわゆる経営、労働管理面の説明に引き続き調製施設出荷および建設中を含めた、トマトやペパーのプラスチックハウスを見学できた。
     ここでは、大型トラクタ、防除機、調製出荷施設、予冷、冷蔵施設等いわゆる施設化が整備されている。アスパラガスの収穫作業は鍛冶屋による収穫手農具を用いた人力に依存している。特にアスパラガスの生産と収穫後の選別調製からハイドロクーリングシステム等の予冷システム等、優れた鮮度維持装置を備えた施設はまさしくカリフォルニア農業そのものの印象を受けた。ドール社への納入を通じて日本への出荷も行っている。人件費はアメリカでの雇用労働に比して著しく低く押さえられていることが分かった。
     今後このような生産から出荷に至る大規模農業生産システムの導入がバハカリフォルニア州に進出してくるものと考えられる。このことは地下水利用による大規模潅漑農業が、水の需給関係をさらに悪化させることになる。1970年代にイランでアメリカ資本による大規模潅漑農業開発が行われたが、塩類集積による急速な地力の低下を導き沙漠化していく同じ過程を踏まないように、バハカリフォルニア半島の環境に適した永続性ある農業生産技術の確立をはからねばならない。


  3. まとめ
     バハカリフォルニア州における農業生産技術は、総じて豊富な労働供給力を背景にしているためか、生産性はきわめて低い。特にミニトマトに見られる収穫後のパッキングハウスでの非効率な作業がその典型例であろう。雇用創出の立場から低い貸金で多くの労働者の雇用をはかる意図があるにせよ、隣国U.S.A.の徹底した企業的コスト意識を導入しない限り、輸出は競争力をもたないであろうし、品質面でもおぼつかないであろう。
     今後、バハカリフォルニア半島の環境に適した永続性ある農業生産技術の確立、なかでも地下水利用による節水栽培技術の確立が急務となろう。

平成11年12月16日(木)開催「市民公開講座」テキストより転載