乾燥地における野菜栽培

鳥取大学農学部 山内 益夫


 私がゲレロヘ出かけたのはほぼ10年前、1990年4月から1年間で、プロジェクト「たち上げ」でなにもない状況でのことですので、私がいまさらお話しすることはないという感じですが。JICAのあり方等政治の話はいくら時間があっても足りないほどありますが、今日は技術の話に限って、私のしたことの一部をご紹介いたします。
  1. CPの信頼を得る。
     着任時ゲレロ及び圃場の印象は「赤」、全ての野菜が肥料不足で生育が停滞し、赤っぽい観を呈していた。当時の私の知識では、N不足は「黄色」、P不足は「紫」で乾燥地ではPは不足しないと云われているのにどうしてだろうと感じていた。
     まず、肥料は潅水チューブに注入しようということでドラム缶2個に、下から10cmの所のコックを着けたものを作らせた。それに肥料を入れて溶かし潅水チューブに注入させた。まず、CPのラウル担当のキャベツがよみがえる。まねをしてオスカルのタマネギがよみがえる。エドワルドがキュウリが2カ月も生育が止まっていると相談に来る。私「この処方で週一回肥料を入れろ」
    これからが、傑作である。3週間後からどんどん収穫が始まる。調整室にコンテナーが山積みとなる。
    「なんや」
    「ESSA店が引き取ってくれない」
    「そんな馬鹿な、収穫物は引き取って販売するとR/Dにあるやろう、おれが交渉に行く」−−−−−
    「OKや」
    −後日談ESSA店の倉庫が一つ、キュウリでうまり、大問題となったらしい。実は、現地ではあまりキュウリは食べないらしい。いい訳;おれが作付けを指示したわけではない?−
     アルバロはスイカ作りで、レーバー(農家)は苗作りと毎日畑へ出て一緒に働く姿をみて(?)、皆さんの信頼をゲット。
     最後まで、抵抗していたリーダーのファンは同時に移植したカラバシータの生育の圧倒的な差に、ギブアップ。

  2. 暫定標準施肥法の策定
    1)潅水チューブ注入方式をとる(ドラム缶一個で0.3haは余裕でカバー出来る)
    2)作物別の全施用量を設定し、その範囲内で分施をおこなう。
    3)施用量は、当面作物別吸収量(日本)を基準とする。この場合ここでは施肥効率が非常に高いこと、与えすぎが目立つ(改善後のCPが)ことから、施肥効率は考慮しない。
    4)使用肥料は最終的には、硝酸アンモニア、尿素、正リン酸、硫酸カリを想定している。しかし、当面肥料が揃わないので、化成肥料(17−17−17)、硝酸アンモニア、尿素を用いる。
    5)不溶部の多い肥料の場合、沈殿槽に一定濃度の溶液を入れ、上清を沈殿槽にとりつけた蛇口から取り出し、添加槽で希釈してチューブヘ入れる。
    6)施与の際の濃度はそれほど重要ではなく100m2当たり100〜150Lで充分で潅水量の中で決定する。
    7)化成肥料を用いる場合、最初の2〜3回の施与で必要とする全てのリン酸を与えその後はチッソのみを与える。この場合カリは持ち出しとなるが、硫酸カリが使用可能となるまでは土壌カリ依存で充分である。
    8)施与回数は作物の栽培時期の長さにより異なるが、原則として下葉の葉色に変化を来さぬよう観察しながら、添加時期を決定するのがのぞましい。
    8−1)実際は観察しながらは実行できないので、3)で決めた総施用量を栽培日数で割って1週間毎に与えるに改変。
    9)三要素以外の施与は現段階では考慮する必要はない。しかし、Mgの不足が懸念される場合もあるので、出来るだけ早く現物の確保につとめる。


  3. 潅 水
     点滴潅漑の場合、潅水量の表現が問題となるように考えられる。スプリンクラー潅水の場合と比較するのであれば、面積当たりの潅水量で足りる。しかし、圃場面積と実利用面積が異なる場合の表示法をどうするかについて専門家の見解は聞いていない。例えば潅水チューブ設置間隔が60cmの場合と80cmの場合では面積当たりの潅水量が同じでも作物当たりの給水量は後者が1.3倍多い。施設栽培でも施設内面積と栽培可能面積には大きな違いがあり、施肥量を考えるときに問題となるのと同じである。
     我々が用いた潅水チューブはChapi watermatics 社のTubulent Twin−Wallで直径19mmで約23cm(9インチ)間隔で真下に点滴穴が開いたものである。潅水強度は1.5L/m・30分で有効潅水巾(水が当たる地表面積一色の変化で分かる)を25cmとすると10分間の添加で有効面積当たり2mmの潅水に相当する(圃場面積当たりの表現では約0.8mm)。
    1)そこで、冬は午前11時30分以降に10分間、1日1回、夏は午前は11時30分以降に10分間、午後は2〜3時に10分間の1日2回を基準と定めた。
     冬場の潅水量を夏場の半分としたのは蒸発散量が低下するというよりは、夜間の低温のため夜露となって降りる量が多いことによる。
     別に、土壌表面を観察し水分含量の違いによる縞模様が確認できる間は潅水してはならないとした。
     夏場の基準では株間30cmで植えられている作物では、株当たり300mL/日の水供給となる。添加時間を上述のように設定したのは、土壌水分含有率の時間変動を測定(1週間毎日10分間潅水し、測定開始前日16時に潅水し翌日8時から測定開始)した結果、
    1)30cmまでの各層で午後2時に最低となり朝8時に最高となる動きを示すこと。
    2)午前10時に潅水すると、昼休み中に萎れるケースが多いこと。
    から定めた。
     作物により、生育時期によって特に基準を変えなっかたのは、あくまで基準であり水を与える時の心がまえとして決めた値であり、あとは作物の顔をみて決めなさいとした。一般的にはどうしてもやり過ぎとなり、10分間で止めることを忘れる場合が多かった。
    ・量を増やす必要があるときは1回の添加時間を延ばすのではなく、回数を増やすこととした。
     これだけの指摘で水の使用量は半減したと自負している。
     滞在中には指摘しなかったが、移植後活着までに水をやりすぎる傾向の改善である。心理的には理解できるが保水力の弱い土壌で根圏が非常に小さい時期に沢山水を与えてもロスが多すぎるから、回数を増やす心がけが必要である。地温低下を必要とするケースは本地域ではほとんどないと思われる。
     この潅水法で充分かと云えば、専門家の検討をまたなくてはいけないが、実際、この潅水ではキュウリでは収穫期、葉を1日中萎れさせないことは出来ないし、トマトはいつも水が足りないと云う顔をしおり、トウガラシの葉は下垂しピンと張ることがない等々のことが認められる。しかし、いずれの作物も日本で出されている目標収量は容易に確保できたので、当面この方法でよろしいと考えている。

  4. 育 苗
     レタス、キャベツ、トマト、トウガラシ、アセルガ、テーブルビート、カリフラワー、セロリ、ブロツコリー、シナントロは33×75×10cm−200穴−逆向き四角推−の苗箱を用いて育苗する。育苗箱につめる資材は当面バキキュライト:ヘルミナーサ(椰子の葉を刻んだもの)=1:1(容量)を用いる。滞在中に安価な使用可能資材を見つけることができなかった。garden soil は立ち枯れが著しく発生するので、消毒手段がみつかるまでは使用禁止のこと。
     タマネギは圃場の一角で散播育苗、ニンジン、二十日ダイコンは直播き。
     問題はウリ類で直播きはネズミの被害が大きいので移植が望ましい。上記育苗箱はセルが小さくて不適当で、適当なセルを見つける必要がある。育苗目的はネズミによる種子の食害を防ぐために限定し、双葉時に移植するとしてセルの選定を行うこと。

  5. 病虫害
     最大の問題は線虫害となると予測される。
     現時点(当時)で線虫密度自体はそれほど高くないが、競合微生物の少ない環境での影響は、その害作用に関し、日本で云うところの密度とは同列に論じられないかも知れない。
     対策として、薬剤を使用するか、輪作で回避できるか、補食植物、忌避植物等を入れるか等々の問題は、経済性、環境汚染を含めてメキシコ側の判断に待つ問題である。
     当面、輪作、補食植物、忌避植物、太陽熱消毒の可能性を検討することを提示したが、その後のフォローはしていない。
     ウリ類にウドン粉病の発症をみるが影響はなさそうである。スイカでは10月頃から湿度が高まると茎枯病が蔓延した。トマトの尻腐れ病(?)は、品種間差は大きいが相当な発生をみる。Ca欠乏に酷似するが土壌には可溶性のCaは多量にあり、今後の研究に待ちたい。ニンニクはほとんどウイルスに感染しており、ウイルスフリー個体の作出の問題がある。
     虫害はいわゆる青虫、アブラ虫がキャベツ、カリフラワー、レタス、トウガラシ、ピーマン、アセルガ、二十日ダイコンに着生。トマトには葉もぐり蝿、芯食蛾等の幼虫が着生。ダニ類も多い。
     周囲にそれら害虫の標的となる植物がない環境であることから、畑の拡大とともに害虫対策は問題となると予測される。
     ネズミ、モグラ、鳥、ウサギ等の害も無視できないものがあるが、紙数(時間)の都合で割愛する。

  6. 風の害
     大規模には防風林の創生は必須条件であろう。プロジェクトサイトの近くに500m(?)にわたる3列の防風林を見られた方も多いと思われるが、サイト周辺とともに私の指導によるものであることを知る人は少ないのではないだろうか。つまり、容易である。
     ネット埋め込み方式は賛成しかねる面が多い。
    1)費用が高い。
    2)高さと囲い内防風効果に判断基準が偏りすぎている。
    3)風の通り道では網の下が掘れて、そこからの飛砂が作物を覆う。40cm は埋め込まなくてはいけないと思う。
    4)風上側の内側に3〜4mのデットスペースが必要(網を抜けた砂がたまる)。
    5)扉の工夫が必要。風の通り道となる。
     特に2に関しては囲い内には作物が立毛しているため、風の影響は著しく弱わまる。
     2〜3か月の季節風のみが問題であるから、多作目栽培設定圃場ならば、作付けの工夫で、囲いがなくても作物栽培は可能となる可能性はある。また、大規模単作では季節風の時期をはずすのが懸命である。
     いづれにしても、網囲いでは初期投資が多すぎて問題にならないように考えられる。

  7. フィジビリテー
     R/Dの段階から盛んにいわれたが、経済的な実行可能性のことを意味していると理解した。査定するからここの技術を必要とする鉱山省内の他のエリアを特定して、連れて行くよう要請した。返答はなく、鉱山省内の方の内緒の話としてはその様な場所は無いとのことであった。
     実際素人が当該圃場で算出したところ、CPおよびレーバーの給与は別にし特に、利潤を上げる必要がないとすれば、初期投資建造物については20年、機械類については5年で原価消却(利子率は考慮していない)するとして、赤字にはならないと算出した。詳しくは山内(1991)の報告を参照のこと。
     1年間、実際には9カ月(3カ月は政治的バトル戦争)でカラバシーター、スイカ、キュウリ、メロン、キャベツ、カリフラワー、ブロッコリー、二十日ダイコン、アセルガ、テブルビート、トマト、トウガラシ、ピーマン、バレイショ、タマネギ、ニンニク、ニンジン、セロリ、レタス、シナントロ(?)、20作物、延ベ64作を栽培した。0.6ha 年中緑にを目指した。
     1年間絶え間なく作物を栽培できると云う条件は大変な肉体労働を強いられる。これが、2回目であるが、その様な条件での生活リズムは日本でのそれと異なる必要があるだろう。

平成11年12月16日(木)開催「市民公開講座」テキストより転載