果 樹 栽 培 と 風

鳥取大学農学部 附属農場 高橋 国昭

  1. はじめに
     筆者は、1993年12月から1994年1月までと1996年3月から6月までの2回、延べ5ヶ月間メキシコ合衆国南カリフォルニア州ゲレロ・ネグロで、プロジェクト「メキシコ沙漠地域農業開発計画」に参加した。目的は「果樹・飛砂防止一高生産・高品質の果樹生産法の確立」であった。
     果樹は永年作物なので5ヶ月は短く、思い通りの成果が上がったとは言えないが、プロジェクトにおける防風実験と半島の果樹栽培について述べてみたい。


  2. プロジェクトにおける防風実験
    1)何故防風か
     今から30年ほど前の話だが、筆者が島根農試に勤務しているとき「ブドウの生育に及ぼす風の影響と防風方法に関する研究」を行ったことがある。そのときは、ブドウ‘デラウェア’のGA処理時期である5月に、南から乾燥した温かい風が吹くと結実が不良になり不作の大きな原因になること、そして、風速が3m/sec.程度に強くなるとブドウの光合成は抑制され、その結果乾物生産が低下するという結論を得た。そのことから、島根のブドウハウスは、雨よけよりむしろ風よけの効果が大きいと考えた。
     それ以後、作物の風害について考えてきた。メキシコ行きの話が決まりJICAから送られてきた資料を見たとき、現地の果樹栽培の課題は防風だと直感した。何故なら、そこは世界最大級の塩田会社が、海水を3年がかりで濃縮し塩を析出させるほど蒸発量が多いわけで、それだけ日射量と風が強いと考えたからである。
     果樹は、気温が高ければ樹体温を下げるために蒸散を盛んにする。また、風が強いほど蒸発量は多くなる。したがって沙漠に適した植物でない限り、風はその生長を抑制すると考えられる。したがって、プロジェクトでは一般的な栽培方法だけでなく、防風の効果について実証してみたいと考えた。しかし、最初の参加の時は冬期で風が弱く気温は低く、しかも日数が短かったので実験出来なかった。そこで、2回目に参加したとき、ブドウについて実験してみた。
    2)ゲレロ・ネグロの気象
     現地の気象については、本講座の最初で藤山先生が詳しく解説しておられるが、果樹の生育に強く関係すると思われるものに限り、1993年のデータを示す。
     旬ごとの最高・最低および平均気温の季節変化である。年間で最高気温は9月下旬の34.5℃、最低は12月下旬の4.4℃で、平均気温では12月下旬の14.7℃〜9月下旬の22.8℃である。年平均気温は18.7℃で、鳥取と比べるとかなり暖かい。
     旬ごとの最高・最低及び平均湿度である。最低湿度は12〜60%で、平均すれば34.4%であるが、最高湿度は年平均でも98%と極めて高い。年平均湿度は、75.5%となり結構高いが、バハ・カリフォルニア半島は寒流のカリフォルニア海流の影響を受ける冷涼梅岸沙漠のためである。また、湿度は昼間は低くく夜は高くなる。
     最高風速と最低風速の格差は大きい。平均風速を見ると、5月下旬が7.2m/sec.と最も大きく、最低は1月下旬2.5m/sec.であり、年平均では4.7m/sec.である。ちなみに鳥取県の年平均風速は最もつよい倉吉が3.5m/sec.であるのに比較すればかなりつよいと言えよう。特に、最高風速は旬平均が14.2〜7.5m/sec.で、年平均でも10.6m/sec.と非常につよいことが分かる。また、風向は太平洋から吹く西北西か北西であった。
     半島は植生が極めてまばらで、風を遮るものがほとんどなく、昼間の日射が強くなるにつれ地温は急激に上昇し、空気は熱せられて気圧は低下する。一方、海上ではカリフォルニア寒流により空気は冷やされ気圧は高くなる。そのために、昼間は陸地に向かってつよい風が吹く。夜になると、放射冷却で地温は急激に下がり、海との気温較差がほとんどなくなるため風は弱くなる。
     降水量と日射量について示した。雨は冬季に降るが、年間の降水量は80oに過ぎず、典型的な沙漠気象を示している。日射量は春から秋の乾期高温時には多く、冬季には少ない。以上の結果から判断すれば、春から秋にかけての乾期は、高温で風が強く蒸発散量が大きいことを伺わせる。
     そこで、日照時間と蒸発散量について示した。蒸発散量は、冬季には少なく夏季に多く、年間の総蒸発散量は980.5oで、降水量の12倍となり沙漠の特徴がよくでている。
     以上のように、ゲレロ・ネグロの気象は、蒸散を促す条件が揃っており、果樹の生育を阻害する要因になっている可能性が高い。
    3)プロジェクトの防風施設
     プロジェクトの主な目的は、沙漠で不足する新鮮な野菜や果物などを供給する技術開発であった。したがって、果樹よりもむしろ野菜の研究の比重が高く、トマト、トウガラシ、メロン、スイカ、ブロッコリーなどが栽培されていた。それらの作物も風に弱く、防風垣はプロジェクトで研究するための必須施設として、風下側を除いた3方に設置されていた。垣の構造は、高さ3mのコンクリート支柱に、プラスチック製のネットを張ったものである。また、それだけでは効果が不足するため、圃場の中間にも垣が1列設置されていた。また、風上側2方向には垣の中にユーカリの防風帯が作られていたが、それらは強い風のため風下側にやや傾いて生長していた。
     果樹は柑橘類を中心としてイチジク、ブドウ、リンゴ、ナシ、モモ、グァバの試験栽培が行われていたが、ナシとモモは殆ど消失してしまった。
     1993年に柑橘類の生育状況を観察したところ、風上の防風垣に近い樹ほど明らかに生育がよく、防風の効果は明らかであった。そこで、1996年に防風垣からの距離と樹体積との関係、あるいは枯死樹率を調査してみたのが図6である。樹体積で見れば、防風垣から遠ざかるほど直線的に樹体積が小さくなることが分かる。また、枯死樹率は、全体としてみれば防風垣から遠ざかるほど高かった。このように、比較的風に強いと言われているカンキツでさえ、高さ3mの防風垣から5倍の15m離れれば、防風効果はほとんどないことを示している。
    4)ブドウの防風実験
     防風垣の効果は、垣の高さが高いほど遠くまで及ぶ。一般にその効果は、防風垣の風上側に垣の高さの5倍、風下側には10〜20倍と言われている。しかし、筆者が島根農試で行ったブドウの防風垣の実験では、風下側に8倍くらいまでが実用的な防風効果の範囲だった。ゲレロ・ネグロプロゼクトにおけるカンキツのデータはほぼそれと同じだった。
     プロジェクトでは、ブドウ園を2分して、防風区と対照区を作った。防風垣の広さは8m×44mで高さは2.5mであり、網は2o目のプラスチック製であった。風は主として8mの側に直角に当たり、防風垣の構造としては良くなかったが、植わっているブドウの仕立て方がダブルH仕立てのため、この方法しか採れなかった。
     ブドウの品種はトムソン・シードレスで供試樹数はいずれの区も10樹で、1樹当たり2新梢を3月30日から6月5日まで調査した。
     その結果を図8、9に示した。調査樹は対照区が大きかったため、しばらくは新梢長・展葉数ともに対照区が優れたが、防風区の生育は徐々によくなり、2ヶ月後には対照区より新梢長、展葉数とも優れた。
     しかし、防風効果は思ったより悪かったが、それは、結果枝を地表1.5mに配置する仕立て方と、防風垣の高さが2.5mと低かったことによると考えられた。実験期間を長くすれば、もっと効果に差がでると思われたが、既定の日数が来たため調査をうち切らざるを得なかった。


  3. 半島の果樹
    1)北の果樹
     バハ・カリフォルニア半島は、カリフォルニアから南南東に向かって1,300q伸びた世界第2の長さを持つ半島である。北端は北緯32.5度、南端は23度で幅は50〜230qである。半島の気候は全体が冷涼沙漠にはいるが、年間降水量はアメリカ合衆国に接する北部では250oと多く、南カリフォルニア州では見られない川がある。
     エンセナーダの北グアダラルペにはブドウやオリーブが多い。そこには。DOMECOとLA・Cettoと言うかなり大規模なワイナリーがある。ワインの標章は、DOMECOがYNOS DOMECO、LA Cettoはそのままで、1996年にはゲレロ・ネグロのスーパーなどで売られていた。品種は主として赤ワイン用がカベルネ・ソーヴィニヨンとメルロー、白ワイン用ではジンファンデルやシェニン・ブランであった。
     個人経営のブドウ農家は、単価の高い生食用品種を栽培しており、1993年に訪問したときの主要品種はエンペラーであったが、1996年に訪問したときには品質の良いレッド・グローブとフレーム・シードレスに接ぎ替えつつあった。3月に接ぎ替えたばかりのレッド・グローブは大きな房を付けており、我が国では考えられない現象に驚かされた。エンセナーダ付近には、レッドグローブが780ha栽培されていた。
    2)ゲレロ・ネグロ付近の果樹
     ゲレロ・ネグロはビスカイノ低地沙漠の中心付近に位置し、半島の中でも特殊な沙漠である。標高が極めて低く平らで、半島一般で見られるようなサボテン、ユッカ、リュウゼツランなどは見られず、50p以下の低灌木が限りなく続くような風景である。
     ゲレロ・ネグロのプロジェクトでは、2mくらい掘ると海水がしみ出るほどである。したがって、果樹には最も不適な土地で、盛り土しないと育たない。ゲレロ・ネグロから南に数十キロのところにあるビスカイノは、やや標高が高く果樹が栽培されている。果樹の種類は、バレンシアオレンジ、マンゴー、ナツメヤシ、イチジクなどであるが、一番儲かるのはイチジクということで、1996年にはイチジクが非常な勢いで増えつつあった。
    3)南の果樹
     南カリフォルニア州の州都ラパス近郊には果樹園がかなり見られる。柑橘類ではバレンシアオレンジ、ワシントンネーブル、グレープフルーツ、ポンカン、メキシカンライムなどである。ここは亜熱帯だから暖かく、バナナ、パパイヤ、ココヤシ、ナツメヤシなども見られた。
     農家の果樹園は、ユーカリやモクマオウの防風垣がめぐらしてあり、強力なポンプで地下水を汲み上げ潅水していた。潅水方法は未だ地表面潅水も見られたが、点滴潅水が増えつつあった。
     また、南の最も大きな農業地帯である、コンツーチシオンにも果樹は見られ主としてオレンジが栽培されている。ここには、メキシコ農林牧研究所の支所があり、オレンジを主体に野菜なども研究していた。一般に南の果樹の成長は早く、日本に比べ2倍くらいである。研究所長がカンキツの年間潅水量を1,200oにしていると自慢していたのには、驚くとともに理由が理解出来なかった。
    4)潅水は点滴で
     北ではムレへ、南ではコンツーチシオン付近が大きな農業地帯だが、未だに地表面潅水を行っているところが見られる。しかし、果樹やトマト、イチゴなどでは点滴潅水に替わりつつあった。半島の農業は最北部の限られた地域の限られた作物以外は、地下水を汲み上げて潅水せざるを得ないから、いずれは枯渇する。この貴重な水を節約して使って貰いたいものだ。
     そのためには、点滴潅水のような節水潅漑法を用いることは当然として、作物からの蒸発散や地面からの蒸発量を少なくするために、防風林帯や防風垣の設置を重視する必要がある。
    5)防風方法
     防風効果が最も高いのは、当然のことハウスであるが、露地裁培では防風林や防風垣の効果が高い。材料でランニングコストが安いのは樹木である。樹種はモクマオウ、ユーカリ、オリーブなどが考えられ、現地ではこれらの樹種が用いられていた。
     しかし、ゲレロ・ネグロのように、年間降水量が100mm前後と少なく、しかも低湿地のようなところでは、防風樹といえども潅水が必要であり、プロジェクトでは市の生活排水を浄化して使っていたが、ラパスでも試みられていた。
     果樹について言えば、防風林帯や防風垣の設置はもちろんであるが、果樹の仕立て方を工夫すべきだと思う。風は障害物によって弱められるが、障害物は防風樹に限ったものではなく、果樹そのものでもかまわない。我が国の果樹園もしばしば風害を受けるが、風当たりのよいところでは一般に園の外周部より内部の生育がよい。それは園の外周部の果樹が防風垣の役目をしているからである。
     そう言う意味では、果樹の植列は半島の風向の殆どを占める西北西か北西に直角となるように設けるのがよい。そして、植列方向は樹間を詰めるか、互の目植にして風を遮るようにするとよい。
     また、風は地表から離れるほど強くなる。したがって、樹高は低い方がよいことになる。ブドウで言えば、ヨーロッパで行われているような垣根仕立てがよい。したがって、半島のブドウは垣根仕立てとし、植列を北北東と南南西か、北東と南西を結ぶ線にするのがよいと考えられる。

平成11年12月16日(木)開催「市民公開講座」テキストより転載