鳥取大学農学部のこれまでの研究の取り組みと将来展望

鳥取大学農学部 藤山 英保


 メキシコのカリフォルニア半島(以後バハカリフォルニアとよぶ)は、アメリカ合衆国のカリフォルニア州と接した南北に延びる半島である。国境の町ティファナから最南端のカボサンルカスまでの約1,500qを国道1号線が縦断している。半島の幅は広いところでも200km程度であるが、太平洋岸は真夏でも30℃を超えることは少ないのに対して、半島の東側のカリフォルニア湾岸は全く対照的に熱く、湿度が高い。半島の中央よりやや東側を南北に走る山岳地帯にはマツ類を代表とする森林地帯で雪が積もるところもある一方、夏は灼熱地獄でサボテンしか生育できないところもある。本公開講座のタイトルは「乾燥地・メキシコ・カリフォルニア半島の自然と農業」であるが、その自然は単純ではない。
 農業は主に北部のアメリカ国境付近と西部の平地で行われているが、いずれも雨が少ないので、潅漑が必要である。北部の農業地帯はアメリカ・カリフォルニア州の大農業地帯であるインペリアルバレーと隣接しており、同様の形態の大規模農業がみられる。すなわちコロラド川から運河で水を引き、コムギ、ワタ、野菜類を栽培している。半島の他の農業地帯では、山岳地帯に降った雨が浸透した地下水を灌漑水として利用している。この水源が安定しているわけではなく、枯渇すると新しい水源を探して農業地帯が移動するところもあるようである。
 さて、バハカリフォルニアにおける鳥取大学の活動は、1982〜1987年に南バハカリフォルニア州ゲレロネグロで行われた文部省科学研究費海外学術調査「乾燥地域の農業開発に伴う耕地生態系の保全と生産性に関する研究(代表:竹内芳親)」に始まる。この研究によって同地域における野菜等農作物生産の可能性が明らかにされた。
 その成果を高く評価したメキシコ政府の要請によって、国際協力事業団(JICA)のプロジェクト技術協力「メキシコ沙漠地域農業開発計画」がゲレロネグロにおいて1990年から5年間の予定でスタートし、2年間の延長を経て1997年に終了した。このプロジェクトは鳥取大学が中心となって行ったもので、乾燥地域における野菜・果樹栽培技術を確立することを目的として広範な研究が行われた。派遣された鳥取大学の教官はのベ26名にのぼる。
 プロジェクトには農業生態、作物、土壌肥料、潅漑、果樹・砂防の5つの研究分野があり、それぞれの分野は日本人1名の長期専門家(1年以上滞在)とメキシコ人のカウンターパート若干名で構成された。それぞれの分野の研究テーマは、農業生態:病害虫生態と防除、作物:野菜の生長解析や有望品種の選定、土壌肥料:施肥法の確立、潅漑:潅漑技術の確立、果樹・砂防:防風林の育成と果樹栽培法の確立、であった。各分野の研究成果を総合して乾燥地における野菜・果樹栽培法を確立することを最終目標とした。なお、このプロジェクトのカウンターパート機関はメキシコ塩輸出公社(ESSA)であった。
 プロジェクト終了後、その施設や設備を継承したのは南バハカリフォルニア州の州都ラパスにあるメキシコ北西部生物学研究センター(CIBNOR)である。CIBNORは栽培漁業、農業の研究が中心である国立の研究機関であると同時に、修士・博士課程を有する教育機関でもある。上述のプロジェクトのカウンターパートはすべてCIBNORの職員となり、CIBNORの修士・博士課程や鳥取大学の大学院に進学したものもいる。このような関係から、CIBNORと鳥取大学との間の学長レベルの学術交流協定が1998年8月に締結された。それをもとに、1998年度文部省科学研究費国際学術研究「乾燥地における作物生産向上及び砂漠化防止技術開発に関する共同研究(代表:本名俊正)」が行われ、CIBNORから6名、鳥取大学農学部から7名の研究者が互いに訪問した。この共同研究ではバハカリフォルニアの自然生態系及び農業生態系における問題点が抽出され、解決方法が議論された。その後もCIBNORのエンリケ・トロヨ教授が1999年10〜11月に日本学術振興会の招へい研究者として鳥取大学農学部に滞在したり、11月に行われた鳥取大学50周年記念式典にマリオ・マルチネスセンター長が来訪されるなど交流はさらに発展している。
 バハカリフォルニアは巨大サボテンの原因不明の枯死、表土流出といった自然生態系の問題に加え、潅漑水不足、塩害といった農業生態系での問題を抱えている。CIBNORは現在それらの解決をめざした研究に取り組むことを南バハカリフォルニア州政府から要請されており、鳥取大学農学部の協力を強く望んでいる。これに応えるために農学部は岩崎正美学部長を代表者としてJICAの開発パートナー事業に「メキシコ南バハカリフォルニア州農業改良計画」を申請している。このプロジェクトの最終目標は、農民に新しい農業技術・経営を普及することである。そのためには農学部の作物生産に関わる分野から農業経営分野まで幅広い協力が必要とされる。
 鳥取大学農学部は乾燥地農学を教育・研究の一つの柱とする将来構想をもっている。教育、研究のどちらも乾燥地の現場で行う方がより効果的であることは言うまでもない。これまでの乾燥地研究は特定のプロジェクトを計画する、あるいはプロジェクトに参加するという形であった。また学生については、教官が海外で研究する際に同行するといった程度であった。組織的に学生を乾燥地の現場で教育することはなかった。将釆、教官や学生が海外の乾燥地で自由に研究・教育活動を行うには、協力的な受入機関内に基地をもつ必要がある。その受入機関は研究・教育水準が高いことが望ましく、現地は、1)治安がよい、2)食料品・日用品が容易に手に入る、3)風土病がない、の3つの条件を満たすことが望ましい。CIBNORはこれらに関してすべて満足できる。
 農学部が行おうとしているバハカリフォルニアでの技術協力及び乾燥地農学研究・教育基地化構想は将来世界の各地で行う乾燥地研究のモデルケースとなるであろう。

平成11年12月16日(木)開催「市民公開講座」テキストより転載