大草原の沙漠化の現状と対策 -モンゴル- 

鳥取大学乾燥地研究センター 遠山 柾雄

  1. はじめに
     モンゴル国(Mongolia)はソ連につぐ世界第2番目の社会主義国であった。ソ連邦崩壊によって、1992年に自由主義経済体制へと移行した。人口230万人、国土は日本の約4倍である。人口の約95%がモンゴル族、残りはカザフ族である。カザフ族は北西の端、ロシアと中国に国境を接する付近を中心に住んでいる。
     横長の国土の南部40%がゴビと呼ばれる沙漠地帯、中央50%がステップ、北部10%が森林である。緯度がN52°〜42°と非常に高く、サハリン北部から北海道の南部程度に位置する。海抜も高く、1000m以下の低地はわずか15%である。国土の西側約半分は山岳地帯、東側が海抜約1000mの平坦な草原地帯である。特に西側には高山が多い。アルタイ山脈は4000m級の山が6つあり、その南東にモンゴル・アルタイ山脈が続く。これらの山脈に平行に東側にハンガイ山脈があり、その間は約1000mのLow Land of Great Lakeと呼ばれるゴビである。

 
  1. ゴビの沙漠
     ゴビ沙漠なるものがモンゴル国から中国内モンゴルにわたって地図等には存在している。理科年表(丸善)によればゴビ砂漠は130万q2と表示され、世界第3位の広さである。しかし、中国内モンゴルやモンゴル国に行くとゴビ沙漠なるものが存在しないという不思議な現実に直面する。
     ゴビとは普通名詞である。モンゴル国ではゴビとは石ころや砂が混じった土壌に生育の悪い草がまばらにはえた草原のことである。一方、中国内モンゴルでは石ころのごろごろした荒れ地をゴビと呼んでいる。このことからゴビの沙漠と呼ぶことが正しいと思われる。ゴビが普通名詞である証拠には、モンゴル国にはゴビと名の付く地名が県名を含めて、33ケ所もあることからも明白である。

 
  1. 過放牧と沙漠化 
     モンゴル国ではゴビとは草がまばらに生えた草原のことであるから、ゴビの草が全く無くなることがゴビの沙漠化である。モンゴルでは家畜は人口の10倍いるといわれている。牛、馬、羊、ヤギ、ラクダが彼らの言う家畜であり、全て放牧である。自然に生えた草をただ黙々と食べるだけの毎日である。
     季節によって放牧場所は変えるにしても、移動式ゲル(中国語パオ)に比較的近い辺りの草を食べている。このことから、モンゴル大草原の沙漠化は過放牧が一因であるかの様に言われているが、これは間違いと筆者は考えている。牧畜学や草地学が専門ではないが、過放牧によって沙漠化が進行しているかいないかなど、見れば簡単にわかることである。
     筆者は1995年以来4年間でモンゴル国を20回近く訪れている。特にゴビと呼ばれる地区を中心にロシア製ジープで走り廻っている。東ゴビ県、中央ゴビ県、南ゴビ県、ゴビ・アルタイ県などの南部ゴビ地帯である。さらに、アルタイ山脈とハンガイ山脈にはさまれた盆地状のゴビなどである。ここを毎日ロシア製ジープで走り廻る。一日400q走ったこともある。しかし、過放牧害は出合ったことがない。
     モンゴルは年雨量が200o以下の占める面積は国土の半分である。即ち、この面積は我が国の2倍の広さにあたり、ここに少々の家畜がいてもさして深刻な問題でないように思う。牧草の豊富な地区も存在している。家畜数も我が国土に匹敵する面積にわずか500万頭ほどいるにすぎない数である。歴史的に、統計的に詳細は分からないが、この程度の放牧は古くから行われていた規模と思う。今日、時流にのって沙漠化と過放牧を結びつけて論ずる問題ではないと思う。

 
  1. ゴビの沙藻化
     それでは、ゴビの沙漠化は全くないのかといえば、深刻な沙漠化にみまわれている地区もある。そこは中国との国境を接する東ゴビ県ザミンウッド村である。1992年の自由主義経済体制に移行後、中国との貿易量が急増した。モンゴルはインフラは全く整備されていない。鉄道は北のロシアから首都ウランバートルを通り、南のザミンウッドから中国へ抜ける単線ただ1本、総延長もわずか800q程度あるだけである。さらに、ゴビの草原をジープで走れば、草の上に輪だちが出来、その回数が増加すれば草は消えて茶色の2本のタイヤ跡が続く。そして、その茶色は徐々に広がっていく。
     貿易量は年々増加し、輸入量が増えればその手段は大型トラックに頼るしかないのは当然である。このトラックが荷物を満載して、大草原の中を縦横に走り廻ることがモンゴル大草原の沙漠化の主因である。これらは写真を見れは明らかである。決してモンゴル大草原の沙漠化は家畜の過放牧が原因ではない。

 
  1. 沙漠化対策
     ザミンウッド村の沙漠化は車の通行量の激増によるものである。まばらであっても草のはえている土地は緑の全くない茶色の大地よりも風による砂の移動は少ない。ザミンウッドの草原は粗砂を中心にした砂土である。冬から夏への変り目である5月には強風の吹く季節である。寒い冬が過ぎ、地面が急速にあたためられると上昇気流が生じ、横から強風が吹き込む。午前10時頃から夕方まで猛烈な風が吹きつけ、砂を吹きとばす。
     民家を砂で埋めることはもちろんであるが、最大の問題は鉄道線路を埋め、ポイントの開閉が出来なくなることである。これをさけるために、筆者らは、中国内モンゴルから輸入したポプラ苗を植林し、村全体をすっぽりとポプラの森で覆ってしまおうとボランティアの協力で実施している。考えるより実行することが重要であり、沙漠化は我々の身近のそこまで来ている。一刻の余裕もない。
平成10年11月9日(月)開催「市民公開講座」テキストより転載