第1回 (基礎講座)沙漠の気象について
鳥取大学乾燥地研究センター
神 近 牧 男
はじめに
広辞苑や気象の辞典によれば、『沙漠とは、乾燥気候のため、植物がほとんど生育せず、岩石や、砂礫からなる荒漠不毛の広野』とされる。降水は、数年に1回程度大雨が降る以外は、ほとんど降らない。川は大雨の後だけ一時的に水が流れるところが多い。気温日較差が著しく大きいので、岩石の風化と風食が盛んである。
沙漠には岩石沙漠、礫沙漠、砂沙漠、土漠、塩沙漠などがあり、また最寒月平均気温10℃を境に、高温沙漠(熱帯沙漠)と寒冷沙漠(温帯沙漠)に分けられる。
ここで、乾燥気候というのは、湿潤気候に対する語で、乾燥地域の気候の総称である。その土地に降水として供給される水量よりも、蒸発や蒸散によって失われる水量が多いため、沙漠や草原などになり森林は育たない。
乾燥地域とは、乾燥気候となる地域の総称であるが、蒸発や蒸散によって失われる水量に対し、供給される水量が多いか少ないかによって極乾燥(以下沙漠と呼ぶ)、乾燥、半乾燥に分けられる。乾燥地域は地球の全陸地面積の37.3%を占めるといわれている。その中で、乾燥から半乾燥へと供給される水量が増すにしたがって植物の量も増加し、草原や低木(潅木)で地面が覆われるようになる。それらの地域では遊牧や乾燥地農業と呼ばれる営農形態を取りながら人間生活が営まれている。
砂漠化というのは、沙漠を取り巻く乾燥、半乾燥地域、さらにその外側の(乾燥亜湿潤)地域で起きる現象であり、過剰な放牧や開墾により自然の植生(環境とバランスを保って生育していた植物)が減少して沙漠のような荒漠不毛の広野に変化していくことを言う。以上、沙漠あるいは砂漠化を厳密に説明しようとすると、このようなひととおりの説明が必要である。
沙漠と乾燥地、乾燥地と半乾燥地の境界線は、鳥取県と島根県の県境のように地図の上に明瞭に線が引けるものではない。したがって、今日の課題の沙漠の気象は、少し幅を広げて乾燥地域を対象に述べさせていただきたい。
乾燥地域の判別法
植物で完全に覆われた地表面から、十分な水分供給のある場合に失われる蒸発散量を『蒸発散位』という。十分に蒸発散可能な条件下での蒸発散量は、
気温が高いほど
、
湿度が低く乾燥しているほど
、
風が強いほど
、
日射量がおおいほど
多くなることが知られている。ペンマン(Penman)は、気温、湿度、風速、日射量などの気象観測値を用いて蒸発散位を推定する式を提案した。
乾燥地では十分な水供給がないために実際の蒸発散量は蒸発散位よりずっと少ない値を示す。しかし、ペンマンの方法を用いれば、乾燥地における可能な量として蒸発散位を求めることができる。
UNEP(国連環境計画:1992年)は、この蒸発散位(PET)と実際の雨量データ(P)を用いて世界の乾燥度を判別し、その分布を紹介している。その資料によれば、
極乾燥地域:
P/PET<0.05の地域、雨季はない、全陸地面積の 7.5%を占める
乾燥地域 :
0.05<P/PET<0.20の地域 〃 12.1%を占める
概略の年降水量 200mm未満(冬雨季)、300mm未満(夏雨季)
半乾燥地域:
0.20<P/PET<0.50の地域 〃 17.7%を占める
概略の年降水量 500mm未満(冬雨季)、800mm未満(夏雨季)
または、降雨の季節的偏りが著しい地域
としている。その外、これらよりやや乾燥の程度が緩やかな地域として、
乾燥亜湿潤地域:0.50<P/PET<0.65の地域全陸地面積の 9.9%を占めるをあげている。
乾燥地の成因
乾燥地の大部分は北緯(南緯)15〜35度に集中し、50度以上の高緯度にはほとんど分布していない。一般に雨は、水蒸気を含んだ空気が冷やされたときに形成される。乾燥した空気(含まれる水蒸気が少ない空気)は冷やされても雲や雨を生じにくい。また水蒸気を含んでいても、空気が暖められる場合は雨を形成することができない。地球上の大気は、ある規則性をもって動いている。その動きに対応して雨が降りにくいところが決まってくるために、沙漠や乾燥地は地球上において規則的な分布をしている。沙漠を成因によって分類すると以下の4通りに分けられる。
1)亜熱帯沙漠(熱帯沙漠)
大陸東岸を除く南北両半球の緯度15〜30度に分布する沙漠である。成因:赤道付近で暖められ上昇した空気は、上空で冷やされ雨を降らせる。この空気が亜熱帯地方に下降するが、水分を失って乾燥しており、また空気は下降するにしたがって温度が上昇するため雨は形成されず、広大な沙漠が出来上がる。
サハラ、アラビア、イラン、メキシコ、オーストラリア、カラハリ砂漠など
2)中緯度沙漠(内陸沙漠)
北緯35〜50度の、海岸から離れた大陸内部に分布する沙漠である。成因:雨の素になる大量の水蒸気は海から補給される。海からはるかに離れた大陸内部では、水蒸気が運ばれる途中で雨になり失われるため、乾燥し沙漠が形成される。
ユーラシア大陸、アメリカ大陸中央部の沙漠
3)地形性沙漠(雨陰沙漠)
卓越風の風上側に高い山脈がある地方、盆地地形の内部などに分布する。成因:高い山脈に風が行き当たると、空気は強制的に上昇させられ、上空で冷やされて雨を降らせる。山脈を越えた風下側では空気は水分を失って乾燥しており、下降する際に温度が上昇するため雨を形成することがない。
日本の瀬戸内海地方は、降水量が日本の中でも目立って少ない特徴を有しているが、原因は地形にあるといわれている。すなわち、中国山脈と四国山脈に挟まれているために、冬の卓越風(北西の季節風)の場合にも、夏の卓越風(南東の季節風)の場合にも山脈の風下に入ってしまうためである。
パタゴニア、タクラマカン砂漠など。
4)西岸沙漠(冷涼海岸沙漠)
南北半球の中緯度地方の大陸西岸に分布している。成因:寒流が海岸近くを流れているため、その上の空気は海面で冷やされる。この冷たい空気が海岸近くの陸地を覆い沙漠が形成される。すなわち冷たい空気は重いため上昇せず、また、陸地に入ってからは徐々に暖められるため雨が形成されない。雨になって失われることがないために、空気中には多くの水蒸気が保たれている(湿度が高い)。 ミナブ、バハ・カルフォルニア、アタカマ、オーストラリア西岸の沙漠など。
乾燥地気象の利用例
1)羊が何頭飼えるか
人間生活は、植物に依存している。植物は環境に依存しながら生育し、環境に応じた年間の生産力を維持している。気候データと植物の生産力を比較すると、一定の関係が見出せる。この関係を利用して、太陽から地上にやってくるエネルギーと降水量のデータから植物の生産力を推定する方法が提案されている。この関係式を用いて世界の植物生産力を推定すると、沙漠ではゼロを示し、降水量が200〜300mmを超えると、雨量が増すごとに生産力が高くなることが示される。
水の供給が少なくて、作物の生産が困難であるような乾燥した地域に住む人々は、自然の植生を食べる家畜を利用することによって生活している。人口増加、経済活動の波及などの結果、飼養する家畜頭数が増え、自然植生の生産力を上回る消耗が進む(過放牧)。その結果、植被が減少し沙漠化が進行するようになると言われている。
沙漠化が起きている地域では、自然植生の生産力がどの程度あるのかが解らないことが多い。ここでは気象の利用というより、気象データの利用ということになるが、上述の自然植生の生産力を推定する方法は、家畜が何頭養えるかを評価する基準として沙漠化防止に役立てることができる。
2)空気から水を取る
気温の日変化を見ると、昼に高く夜に低い日変化をしている。昼間の最高気温と夜の最低気温の差を気温の日較差と呼んでいる。雨の多い日本の気温日較差の年平均は、およそ8℃程度である。乾燥地のこの値は大きく、20℃を超えるところもある。このように気温が変化し夜間に冷えると、空気中の水蒸気は凝結して露や霧になる。乾燥地の植物の中には、このような露や霧を利用して生き延びているものもあるといわれる。
ある瞬間、地球の大気に含まれる水蒸気をすべて水にすると、約25mmの深さになる。1年間に降る雨を地球全体で平均するとおよそ1000mmになる。したがって空気中の水蒸気は1年間に40回入れ替わることになるといわれている。
このことは、地面・海面と大気の間で大量の水の出入りがあることを意味しており、大気には無尽蔵に水蒸気が保有されているということができる。
空気が冷えると空気中の水蒸気が雨になることは前にも述べたとおりであるが、このことを利用して乾燥地の水資源を生産することができないだろうか。現在、乾燥地研究センターでは、次のような2つの研究を行っている。
(1)農業用水の循環利用
河川水や地下水が得られる農地において農業に利用された水は、植物の蒸散作用によって水蒸気となり大気中に放出される。この水蒸気をビニールなどの被覆材を使って逃がさないようにし、水に戻して繰り返し利用する。地温を利用して冷やす方法を検討している。
(2)大気中の水蒸気利用
冷涼海岸沙漠は湿度が高い特性を有している。周囲の空気をコストのかからない方法で冷やすことができれば水蒸気は無尽蔵に存在しており、大量の水を生産することができるであろう。冷却には太陽光発電のエネルギーや深層海水の利用を検討している。
3)自然エネルギーの利用
乾燥地では、生活に必要なエネルギー(燃料、電気など)に不自由な地域が多い。石炭、石油などの化石燃料を埋蔵していない国では、結果的に樹木などの植物を暖房、煮炊きに使用することになる。薪炭としての樹木・植物の過伐採は、沙漠化の1要因に数えられている。また全地球的にも化石燃料の有限性、枯渇が予測されており、新しいエネルギーの開発が急がれている。
様々な研究が行われている、乾燥地はこのエネルギー危機において重要な供給基地になることが期待されている。すなわち、乾燥地は日射に恵まれている。
1986〜87年に観測した鳥取と中国の毛烏素沙漠の年間日照率は、それぞれ37.5%と72.8%であった。また、サハラ沙漠の中央部のある地点の日照時間及び日照率はそれぞれ4300時間、97%の記録がある。日本では松本の2400時間、54%が一番高い記録である。
安定した日射量が得られることから乾燥地は太陽エネルギーを利用するにはもってこいのところである。太陽光は昼間にしか得られないことが問題視されることもあるが、乾燥地の広大な土地と世界中に分布していることを逆に利点として、送電線で結び、地球上のネットワークを創ることによって、昼間の沙漠から夜の地域へ送電し補うという壮大な計画も提案されている。その他、風力発電も一部実用化されている。
緑化が気象を変える?
砂地は水分の保持力が弱い。他の土壌が保持する量の1/3程度しかない。雨の多い日本の中にあって、砂丘地はもっとも土壌が乾燥しやすいところとなっている。その上の大気の状態(気象)も国内では独特の性質を有している。すなわち、植被のない乾燥した砂地は、
地表面温度の日変化が大きい
、
地面からの蒸発が少ない
などのために、
気温日較差が大きい
、
湿度が低い
、
風が強い
、
蒸発計蒸発量が大きい
。これは、乾燥地の気象に非常に類似した傾向を示しているといえる。
現在、鳥取砂丘の大半は海岸砂防林に囲まれ、農地、宅地に利用されている。145haの観光砂丘だけが昔の状態で保存されている。最近、この観光砂丘では、「草原化」と呼ばれるほど雑草の進出が著しい。鳥取大学では、砂丘利用研究施設、乾燥地研究センターの時代を通して、継続して気象観測を行っている。この気象データを分析した結果、昭和27年の植林以来樹木の成長とともに、観測値に顕著な変化が認められた。すなわち、
気温日較差の縮小
、
湿度の上昇
、
風速の減少
、
蒸発量の減少
などである。
これは緑化という人間の行為が、その地域の気象環境を変化させたと考えることができる。観光砂丘の植物進出が著しくなった理由は、この環境変化が植物の定着に有利に働いているためだと考える。
沙漠化は緑化と反対の行為がもたらすものであるが、植物の減少に伴って、土壌の劣化、土壌の乾燥化が進行し、最終的に気象的な乾燥化が起きていることが明らかにされている。
緑化と沙漠化がもたらすそれぞれの過程は、可逆的であるということができる。乾燥地の農業開発により食糧を生産し、将来的な人口問題を解決しようとする場合、即時的な経済効果だけを追い求めてはならない。環境を創り、そして農地を守るという意味合いにおいて、緑化は農業開発に永続性を持たせる上で重要であると考える。
おわりに
沙漠の気象は、博物学的にも奥行きが深く、興味が尽きない。また、沙漠化を環境問題として捕らえ、その防止を考えていく上でも気象を知ることは重要である。私たちの身の回りの事象や経験が思わぬところで役に立つように思う。砂丘学会が蓄積してきたこれまでの研究成果・交流の成果が社会に役立つよう今後も努力を重ねなければならないと思う。市民の皆様も、今日の公開講座を機に、新しい発想を生む砂丘・沙漠に関心を持って親しんでいただきたいと思う。
平成9年10月25日(土)開催「市民公開講座」テキストより転載